椅子
実家の古い家に新しくつけた棚を古い家を壊した時に壊して、その廃材で作った、箱。というか自分では腰掛け。
かっこいい椅子には反抗したくなる。
単に、ブランドアレルギー、というか恐怖症なのかも。デザイン史にかがやく椅子の数々が、怖い。転じて、かっこいいことが嫌い。
人間工学はきらい。
なにもかも使いやすいこと、が、きらい。
畳でいいじゃん、と、現実にはいすの生活しながら思う。で、うちの食卓の高さははんぱな高さ。それに合わせて、腰掛けを作った。あぐらをかきたいときも、腰掛けたいときもあるから、箱だったら置く面を変えれば高さが変わるからいい。
写真は腰掛け用の状態。丸い穴には尾てい骨が嵌る。または持ち手。革の丸六つの面を下にすれば、あぐらまたは正座用。この時は座布団も敷く。
自分では「よくできました」と思ったが、妻からは「子供が、机で本を読まなくなった。床でごろごろ本を読む。背もたれがないからだ。」と非難された。
障害のある方へのユニバーサルデザイン(と、この場合呼べるのか?)は必要だけど、健常者には逆に「楽をさせない」デザインが必要なんじゃないか。駅でみんながぼーっとエスカレーターに乗ってると、なんかいやだ。
自分って矛盾に満ちている・・・・・
みんなが使いやすいものってできないな。
2007年3月30日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
日常に使うものを作る
日常、いろいろなデザインされたものを使います。
2007年3月28日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
製本教室の棚
昨日書いたとおり棚や道具作りで「物」つくりに目覚めた私。
写真左は今の教室の棚、道具入れです。ここまでくるのに7年くらいかかった。(はじめはいろんなお菓子の箱とか缶とかにマジックで殴り書き。)
普通の住宅をすこーしづつ、いじりながらやっているので。
その頃手伝ってもらっていた人と二人でこの布貼りの箱を100個近く作ったんじゃないかと思う。
で、どこに何が入ってるかわかるように、「品名差し」を付けたかったんだけど、ハンズで買おうとして、そのものの名称がわからなくて、うまく探せなかった。(あとで「品名差し」という名称が判明。もう自作した後だった・・・・・)
で、作りました。それが右の写真。厚紙に細い木の棒を貼って、その上からコの字に切った厚紙をかぶせて貼った。(作る方法にもノウハウ有り。)
一部の生徒さんや見学者からは感動されて、こっちも嬉しいけど、
そもそも抜き差しできる意味あるの、とか
もっと他にすべきことがあるんじゃない、とか
の意見も多々。
要は「作りたい病」。というより私の場合正確には「ためしたい病」。
病気をすこしは役立てたい、と思います。
2007年3月27日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
目覚め
昨日の日記コメントに自分で書き込んでいたら思い出した。
今、けっこう自分は手が動くようになっているんで、みんなは私が子供のころ工作少年だったろう、とか思っているんだけど、違います。
読書少年ではあった。
ものを作るのに目覚めたのは、製本の弟子をやっている時。
「製本は難しいから、まず、工房の棚とか道具入れとか作って。」
と師匠に言われて、師匠自作の箔押し道具入れを見せられてそれと同じものを作ったり、机の下に棚を付けたりした。
どれもベニヤを釘とボンドで組み立てる単純なもの。
それが目から鱗、だった。
「箱」とか「棚」って自分で作れるんだ!って。
それで自分のアパートの冷蔵庫の上にベニヤで箱を作って、同じ色に塗ってみた。2ドアだった冷蔵庫が天井までとどく3ドア状態。
調子にのってワードローブ(というかタンス)の上にも同じことをやった。
そうしたらもの凄く部屋が狭く感じて、すきまっていうのも大事なんだな〜と思ったり。
でもとーーっても面白かった。28才のこどもだったね。
2007年3月26日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
器用
日本人はものすごく器用らしい。
フランスのパティシエのコンクールでもたくさんの日本人が賞をとっているようで(テレビでみた)、ルリユールのコンクールと同じ資質が求められてるんだろう、と思った。東京製本倶楽部の人達その他、みんなたくさん賞もらってるもん。
歴史的背景とかまるでちがうのに驚異の適応能力。
明治以来、征服されずに欧米に対してきたのはこの力によるんだろう。
その結果、欧米からさげすまれているところもあるが、それはしかたない。
動く手は動く頭を作る。
2007年3月25日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
痕跡を消す
あ〜あ!きょうも教室、ほんとにたのしかったぁ〜。
だいたいいつも好き勝手なことをしゃべりまくりながらやっている。来ている生徒さんもしゃべる、しゃべる。作業はかなりいきあたりばったりに進行したりするので、出てきた結果をディスカッション。どっちの解決の方がセンスがいいか、とか。(技術、じゃなく、センスや考え方の問題なので私も生徒さんも対等の立場です。たまに技術的問題でも負けることありますけど・・・)
で、ついついきれいに仕上げようとしてしまう、私。
もういやだといいながら、工芸製本歴の長い私の「病」。
ひたすら作業の痕跡を消していくのが「工芸製本」なのである。
が。つるり、と出来上がってる姿より途中の構造もあらわな状態の方がかっこいいと思う。写真左。工芸製本の途中の状態。
意識的に貼りっぱなしを見せたのが真ん中の封筒の本。「手で作る本」に載せた作例。表紙のプリントゴッコも、スキャナーの上に糸をするするっとおろしてそのままのかたちを使った。右の写真はひらいたとこだけど、寒冷紗(荒いガーゼのようなとこ)がちょっと見えたらかっこいいかもという理由だけでクラフト紙を短くはったり、表紙を付けるところのクラフト紙のカットも、わざと斜めだったらかっこいいかも、と、貼りっぱなし。
手間をかけずに美味しく、というとまじめな人におこられるけど、それのほうが好き。「いいかげん」が、「いい」加減。
2007年3月23日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
竹(の表紙)
8年くらい前にコンクール用に作った作品。
(工芸製本ってコンクールがあるんです。エントリーすると課題図書が印刷されて折り畳まれた状態で送られてくるので、それをとじて好きなデザインの表紙にして送り返します。最近はコンクールに参加する意義が自分の中に感じられないので参加してないですが。)
で、これは竹の表紙。
「竹」という素材が気に入っていたので内容と関係なく使った。
家に生えていた竹を切って、ゆでて油ぬきをして、割って、きちんと並べて作った。苦労ではあったけど楽しかった。
さわり心地はさらっとして冷たくて、夏はいいな。
竹は今も変わらずに好きな素材なので、こんな面倒でない使い方でまたつかいたいな〜といつも思っています。
2007年3月22日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
組み合わせ
組み合わせって楽しい。きのう布のことを書いたので、
今日はアルミとアクリルの手帳の画像。左は組み立てる前のパーツ。
右の画像ではわかんないけどちらちら見えるマーブル紙がまたいいんだ。自画自賛。
アクリルだけでは透明なので接合部を綺麗に見せるのに、こまる。
アルミの穴あき板だけだと弱いし、触り心地がよくないし、軽すぎ。
それを糸でなかよくさせてあげる。そして羽根のおまけ。
良い組み合わせがみつかると、ほんっと! うれしい。
「もの」の中に隠された「自然」を発見するような気がする。
でも、だから、どうした?
とも思うけど。
まあ料理のようなもんで、意外な組み合わせが、食べておいしいと嬉しいではないですか。(ちなみに私の日常食に朝のみそ汁を改造して作るカレーがあります・・・・。ショウガとヨーグルトがポイントです。)
2007年3月21日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
布づかい
きのうバッグの写真を載せられなかったので。まずその写真。
毎週洗濯してだいぶよれよれしてきてるけど。
ミシンって偉大だ。
針が使えなくってもなんかできちゃう。(糸を通したりするのがちょっと面倒で、全然使ってないときは、それだけでびくびくしたけど。最近は慣れてきた。)
いっぽうもう一個の写真は8年くらい前にばっちり仕上げた本の表紙。彫ったベニヤにポリエステルのサテンを貼ってみた。
これはこれですご〜く気に入ってる。月とか海のイメージ。
この質感は他ではみたことがない感じが、自分ではする。
二つのことを上手くミックス出来たときがうれしい。
なんか話に脈絡なし。
2007年3月20日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
やわらかい、バッグ
去年、こどもが保育園に入園したんだけど、いろいろ作らなければならないですよね。布団カバーとかバッグとか。(そんな季節になってきて思い出しました。)
それで好機到来!と思ってお裁縫にチャレンジしてみたんです。(おとうさんが作るっていうのも目立っていいかな〜と思って。だいたい目立ちたがりなので。)
手近に中林ういさん(ファンです)の「journey」(文化出版局)があったのでそれを見てやってみました。布団カバー二つとバッグ二つ、時間もゆとりもないのでういさんのようなデザインは一切なし。まる12時間かかって入園前日に作ったんだけど、その時接着芯というものをはじめて使って、それでできたバッグがなんかいい感じだった。
そうしたら、nuno worksさんの仕事が来たり、ぐっと手芸が身近になってきた。(だいたい、そうやって興味あるな、やりたいな、って思っていると自然にそういう仕事がくる。ある時点からそういう流れになって、いい感じです。)
製本と手芸のドッキング。すこしずつやっていきたいです。
ういさんの展示も24日から31日まで、あります。
www.hikita-feve.com
2007年3月19日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
やわらかいものがすき
製本を教えはじめてもう12年。
製本自体は習い始めてから数えるともう18年。
なんか一区切り付いてきたこのごろ。
テーマは何だったか。それは多分、自分の中にある「西洋」をどう扱うかだったんだ。
で、どう区切りがついた?何が変わったか。
圧をかけるのがいやになった。印刷も箔押しも製本もなんでも全部圧をかけちゃうのが西洋流。そうすると大きな道具が必要。全部が大がかりになって私としては息苦しい。
「もういいでしょう。」
と思った私が思うのはこの本。
なんか好きなんだよね。いまだに。24年前くらいに作った学生時代の本。本をつくろう!って思ったきっかけの本。
洋式の製本のお陰でこれまでごはん食べられてきたけど、これからはもっと自在に、本当の仕事にしていきたいなあ。
2007年3月17日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
つばくろ
「製本」(HONCOレアブックス3 大日本印刷(株)刊)の45ページにでている帙のような、たとうのような物。先々週にうちの教室のTさんに「これが作りたい!」と言われてレッスン中にもちょっと作ってみた。が、本には武井武雄の図がでているだけであまり詳しく説明されていないから、どんなものなのか今ひとつ判然としない。先週はミクシィでもトピックを立てさせてもらったり、研究なさってる方に質問したり、今週は古書店の方に聞いてみたりしてきのう試作してみた。トピックの方に画像も載せましたので見てみてください。
2007年3月16日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
「改装」ということ
製本倶楽部の展示が明日まで。で、私の並べている2点ですが、ともに「改装」です。そこにはさまざまな面白い問題があると思う。
そもそも、フランスの伝統工芸としてのルリユールは「改装」ではない。まあ、仮綴じなり未綴じなどの状態から、革装などにする、という意味では改装と言えなくもないけど、元のとじてない本は、革装などにすることを前提として売られている、と考えると、まあ「改装」ではないと言っていいだろう。(ややこしい。。。。)
一方、日本ではそういったルリユールのための未綴じや仮綴じの「元の本」はあまり存在しないので、フランスと同じかたちで本の工芸がなりたつことには無理がある。
そこで「改装」ということになる。私の2点のうちの1つは自著の「手で作る本」だが、こちらは文化出版局の好意で未綴じの形のものを作ってもらうことができた。これを手製本したわけだが、書店で普通に売っているかたちがあるのだから、やはりこれは「改装」だろう。もう1点の「詩乃情景」の本は版元が売っているものを正にばらして「改装」したものだ。
わたしの場合は「工芸作品」を存在させるために「改装」をしてるんではなくて、手作りすればもっと開きやすい本ができる、とか、版元が著者にプレゼントをするという依頼をうけたから作った、というのが理由。結果として見せるに足るものはできてると思うので「作品」として展示しているが・・・・
いつものとおり煮え切らない態度で〜す。が、「この本は何もので、どうしてここに存在してるのか」ということがあまりにも様々な「東京製本倶楽部展」はちょっと問題があるな〜と思います。いろんな本が並んでいて見るのは楽しいのだが。
2007年3月11日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
東京製本倶楽部の展示
6日火曜日の搬入で、目黒区美術館で展示が始まった。さすがに4回目(だったかな、)ということもあって会場の設置も手際がよくすんなりといってるように見受けられた。自分としては今回のテーマである日本の伝統的製本技法、には興味があるので、櫛笥節男先生の展示がとても興味深いです。10日(土)と11日(日)には先生のギャラリートークや実演もあるので楽しみです。(私は日曜しか行くことができないですが。)
あと、縮緬本のコレクションの展示もあり、ボタンのように四つ穴をあけ、とじらているのにはじめて気づきました。
私は自分の本の改装2冊も展示してます。写真左のリンプリボン装のものと、写真右なんというのか背の綴じ部分は見せたままにして、表紙は1枚ずつ布にくるんで貼り合わせたもの。
展示は11日(日)の17時までです。
2007年3月 8日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
東京製本倶楽部展(明日から)の出品作 ステッチ
だいぶ以前、うちの教室のTさんの作った作品は表紙の3方に小刻みに穴をあけて革ひもをくるくると通していったものだった。それは装飾だったのだが、同じ通し方を利用したのが一枚目(表側)と二枚目(裏側)の写真。このときはブリキ板が使いたくて使ったはいいが、エッジの処理にこまってこのようにした。表紙側の白い革も見返し側のブリキも裁ちっぱなしにし、その回りに麻紐をめぐらせてそこをステッチで押さえた。
単に造形をするという意味で「デザイン」をするということができない。何か機能と結び付いた時に強い何かが生まれると思う。上記の例は苦しんで作っただけに解決が強引だ。
3枚目の写真が今回の出品作。これも表紙回りのステッチ。先日のNUNO WORKSのワークショップでも表紙の縁のステッチを使ったが、以上3点ともステッチのはたす機能が違っている。そこらへんがやっててすごく楽しいところ。(それぞれどんな機能だか、は見ただけではわかりにくいかも。)
いずれにせよ、アイデア豊富なうちの教室の人たちに感謝。
2007年3月 5日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
口紅から機関車まで、あるいは・・・
なんだか、頭の中に繰り返しでてくるフレーズというかセンテンスというのか、がいくつもある。その1つ。たしかレイモンドローウィの本。彼が幅広くデザインをしたってことを表現してるんだと思うけど(多分読んでないか、ざっとななめ読みしただけ)印象的なフレーズだ。
で、なぜ私がひっかかるかというと、多分、(手工)製本でそういうことをしたいんだと思う。普通の人が、あっ糸切れちゃったからとじ直そう、と繕い物をするように本直していた(と勝手に想像してる)江戸時代の感じから、超絶技巧の工芸製本まで(今だったら、ハイテクと結び付いた、しかし映像的なもんじゃなくて、動いたりするんでもなくて、構造部分に精密なロボットに使うようなパーツが使われていて、表紙はいん鉄(鉄のいん石)、とかなんかそういうもの)をやってみたい。まあ、やってみたいというよりはそこを隔絶したものと見るんでなく、同じ手仕事じゃん!とつなげてみたい。そういう願望。機械で作ったものばかり使ってるとそれが「人間が作ったもの」だってことがわかんなくなる。だけど工場を覗いたらすごい機械が加工していてその機械を作る機械があって、でももとは人間が作ってる。それって感動。(テレビでも最近多い、工場見学もの。)全部のことって手を使って(つまり身体を使って)、頭を使って、作ってきたんだな〜と思う。本を作るってことはいろんな意味で「頭」と「身体」をつなぐ、ものすごくいいものに思えてきたこのごろ。(昔って歌をうたいながら農作業やいろいろしたっていうでしょう。そんなふうに本作りもできたらいいな〜って思う。)
なんか伝わりにくいですが、日記だから許して。これは人に見せる日記だから、半分は手紙なんだが、半分は垂れ流し・・・
「東京製本倶楽部展」への出品作、もう1つについては次回。
2007年3月 4日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
倶楽部の展示がせまってきた
今回は2タイトルの改装を展示するのだけれど、1つは自分の『手で作る本』。出版されて手にとった時、開きが気になったのでその点がなんとかならないか、ということで特別に作ってもらった未とじのものでいろいろのタイプをこころみた(これは昨年の美篶堂での出版記念展でやった。)今回はそのうちの1つと新たにリンプリボン装にしたもの。
「リンプリボン製本」はウイリアムモリスなんかがやっているリンプヴェラム装を布用にアレンジしたもの。(ヴェラムを使用してないから苦し紛れにリンプ(柔らかい)リボン(綴じる素材)という名前を付けてみた。)
布装でステンシルやシルク印刷の平面の表現と
立体的に表紙に出っ張る構造部分のリボンがどんなマッチングになるかな〜という実験だったんだが、意外に気に入った。(実は某カルチャーで試したものの改造。最近は時間がないのでいつも仕事で実験をしています。)
もう1タイトルについてはまた明日。