『「痴呆老人」は何をみているか』 大井玄 著
数ヶ月前に、予約を入れて、待っていた本。何故、予約を入れたのか忘れてしまったが、多分何かの書評だろう。
ともかく、「腑に落ちる」内容だった。
今の日本(そして世界)のさまざまな問題点。例えば、老人の介護、若者のひきこもり、戦争とかちがう宗教の人への攻撃、など。
著者は、介護が必要な老人を診る、医療の現場での観察から、「人間」というものが、どのように世界を認知し、生きているのか、についての一つの理解を書いている。
こう考えればわかるな〜、と、深い所で感じた。
「がんばっていこうよ!」と直接言葉をなげかけらても、かえって「そう」は思えない。
逆に、この本では、現状を冷静に観て、解釈して得た考えに励まされる。
2009年2月20日 本の場 | 個別ページ | コメント(3)
音
2009年2月18日 本の場 | 個別ページ | コメント(1)
新書ハードカバー化+箔押し
デザイン会社の社内ワークショップ。
電熱器を囲んで、小さな模様の刻印で箔を押すのは、なんだか和むひととき。
2時間半で製本までやってしまうので、時間はないのだが、それでも。
ひかりものを愛してしまう、そして、デザインをする時間も自由もないので、「どこに押す?次は?」という、原始な人間の本能に忠実な、ひととき。
それが、いいんだろう。
参加者が、火(電熱器)の回りで、ひとりひとりこうべをたれてる様子、すこし滑稽なほほえましい、絵になってました。(相変わらず、ここ、というところで写真をとれない、私です。)
2009年2月18日 本の場 | 個別ページ | コメント(3)
『現代アジア移民」重松伸司 編著
マレーシア交流に行くにあたって検索ででてきて、目を通してみた。
むしろ、日本における、韓国、朝鮮の在日の人に対しての日本人自身の意識のことや、イスラエルにおける、非ヨーロッパ系のユダヤ人の問題などが興味を引く。そして、民族意識は、深く自分自身という個人が「誇り」をもつ根拠となっていて、劣等感や、優越感や、人間なら当然もつ感情の元になってる。それらをどうコントロールするかは、長く時間をかけて自分自身を改善、進歩させていかなければならない問題で、ともかく閉じこもっていては道はない。実際の現場に行って、いろんな人に会って、話をすることしかない、と感じる。
2009年2月17日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
ご近所でワークショップ
2009年2月16日 本の場 | 個別ページ | コメント(2)
今の手作り
2009年2月15日 本の場 | 個別ページ | コメント(9)
断裁機
2009年2月13日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
試作
nuno works の次のネタとか、その他ワークショップのネタとか、他にもちょっとやらねばならない仕事もそういった試作関係。こういう試作がなんだか教室以外の主たる仕事となっています。それはそれで面白いけど、慣れて来た、大分。3月半ばには作り方の撮影もある予定。それは、自分としてははじめて、こま割り的に作り方を撮るので楽しみ。この仕事は作例のアイデアでどうこうというより、いかに作りやすく見せるか、というところがポイントで、それは私があんまり慣れてないことなんで、かえって楽しみだ。
2009年2月 5日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
おにぎり
きのうは夕方からの外出前に、少しおにぎりを握っていった。
教室に来ている方が関わってる「食生活」という雑誌(なんと103年も続いてる!驚きの雑誌)。これにおにぎりの記事があって、それが、あっおいしそう。と思って。うちの子、「お母さんのおにぎり大好き、最高!」といつも言ってるし。たまには父が握るのもいいか。
保育園で下の子を引き取って電車にのると、手提げの中からのにおいを多分無意識にかぎつけて、「おにぎり食べたい」。
「ほらいいにおいでしょ。おにぎり作ったよ。あとで食べようね。」
というと、「いいにお~い!」と何度も手提げに顔を突っ込んでました。
ほんと、海苔とごはんって絶妙な香りですよね。
2009年2月 3日 本の場 | 個別ページ | コメント(2)
新聞紙、やぶれない
教室の合間に毎週見てる、NHKのこども番組「ひみつのチカランド」。
昨日はチャンバラがテーマ。体の軸がきまり、声を発しながらパンチをうつともう一方の手でぶら下げた新聞紙に穴があく。太極拳やってるからできるかなと思ったらできないので、しゃくだ。娘の方が先にできた。
むきになって力がますますはいる。これではますますだめだ、と思いながら、ついつい。これはやると手をいためるかもと思いながらついつい。(手は筋肉痛なだけで大丈夫だった。左右の肩甲骨の間の筋肉を使うとか、大腰筋をのばすとか、この番組、興味津々なことがいっぱい。この間は尺八の呼吸、和服が役割を果たしてる、とか、私のつぼだった。)
2009年2月 1日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
ヒッポファミリークラブ
ヒッポファミリークラブに参加したのは2004年末だったと思う。「19カ国語を話そう」とか、最近は「多言語のある日常」をテーマワードとして活動している団体。
「人麻呂の暗号」という本を学生の時に読んだのがヒッポを知るきっかけ。この本の中では、確か、万葉がなで書かれた万葉集を音読(これをヒッポでは「歌う」という)するんだけど、それを現代の韓国語や中国語の音から昔の音を推定してやってみながら、隠された意味をさぐっていく、というようなスリリングでとっても楽しい試み。これをやってるトラスンスナショナル・カレッジ・オブ・レックス、という学校が、ヒッポファミリークラブの研究部門。当時、自分もそんなふうにやってみたいな〜、と、とても思った。
で、ヒッポ自体は、どういうことをやるところかというと、言葉を自然科学する、ということをかかげていて、「赤ちゃんはなぜ周りで使われてる言葉を、文字もなにも知らずに、しゃべれるようになるんだろう」という疑問や、多くの言葉が話されてる地域の人は、別の言葉の話されてる地域に言っても早くしゃべれるようになる(いわゆる自然習得)のは、なんで、みたいなところから始めて、ではそういう「多言語がある環境を人工的に作って、赤ちゃんのように口にだして「歌って」みたら、多言語が習得できるんじゃないか」という実験をしている。こう書くとすごく「人工的」な感じがするけど、実際にたくさんの人が集まって言葉をしゃべって感じたり、考えてしゃべりあっていると、その場自体が「人間という生き物の自然」と思える。
具体的には、いくつかのストーリーが19カ国語(まだ増えるようです)で演じられているcdを聞いてそれを口にだして真似るところからはじめて、真似たり自分のことをしゃべったり人の話を聞いたりするワークショップを毎週いろんな場所で行っているのが基本活動(ファミリーっていいます、これを)。そして、海外のいろいろな場所の家庭にステイする「交流」、逆に日本に来ている外国の人を自宅にステイしれもらう、「受け入れ」なんかも盛んに行う。
で、うちは上記のように自分の興味で長女を巻き込んで参加。一昨年からは妻と長男も巻き込むことに成功。同じ内容を19もの国の言葉で聞ける、というのは、それだけでもかなり面白い。
で、とうとうこんどのゴールデンウイークにマレーシアに家族4人で交流に行くことにした。むこうのお宅にステイするのだ。
今は、マレーシア語、英語、中国語、広東語などを聞いて、歌ってる。
でも、べつにヒッポに魔法があるわけではなく、ともかく何度でも繰り返し口に出していってみる、ということと、「言葉ってそもそもなんのためにあるんだっけ。そうそう、人に何かを説明したり、伝えたりしたいからだよね。」みたいなことを常に意識いているように自分をしておく(つまり心が人に対して開いてるってことだね、)というのがあるだけ、なんだけど。
自分は今やってることは「アート寄りな手製本」とでもいったものだが、それも言葉への興味から始まってる面もずいぶんある。ブログに「製本」のこと限定で書いてこうと思っても、な〜んか「描き割り」みたいな表面しかない自分な感じが強くてつまんなく感じるので、いろいろ書いてみようかな、と思って、ヒッポのことも書いてみようと思う。そう思うまでにずいぶんかかるのが私というキャラだ。