本の場:●本の場● 山崎曜 YAMAZAKI YO 手工製本家 メディアとして主役を降りて久しい「本」を、今までとは別の、美や造形として輝かせて、新たな「もの」として存在させたい。

すみません


4月5日にガレージセールをやる、と1月ころブログでちょっと書いたんですが、いろいろあって延期します。
それとネットショップも、4月開始、というようなことをいいながら、こちらも、すみません。
まだです。

2009年3月31日 本の場 | | コメント(0)

意念


意念という言葉、この前のブログにちょっと書いたのですが、そのあと、今週のいつもの太極拳の講習の時、気功のo先生に少し聞いて、もうちょっと違うものなのかもと、思いました。

意念は太極拳を練習している時にある、意識(というのか、こう動きたい、というのか、そういう思い)。日常生活の中ではないものとのこと。練習の時にスイッチを入れるように、意念をもつようにする?、のかな?なんかそんなものらしい。

手を上に大きくのばす、という動きをするとき、手の部分を意識してのばそう、とするのが普通のやりかたですが、実は手を上にのばすためには、体のほかの部分をのばさなければなりません。それは、考えればごく当たり前ですよね。こういう時にうまく、手を上にのばさせるのが「意念」というものらしい。(意識下で、思いの方向付けをする、というのか、そういうことのような気がします。言葉にして願うだけでなく、本当にそうしたいと心底願うというのか、体がそうしたいと思っているというのか。)

難しく考えると限りなく難しい気がするけど、とりあえず、わかる範囲で理解していこうと思います。手をつかまれてそれを外す、というような場面設定が太極拳ではよくあるんですが、そんなとき、いくら手に力を込めてもだめなのは、やってみるとわかります。もう少し元の方から体を使わないとだめです。そんなことからちょっとずつ。

2009年3月22日 本の場 | | コメント(0)

らおしー、しぇいしぇい!


日曜、自分の製本の講習(Bee Worksさん、デザイン会社の社内ワークショップです)のあと、呼んでくださってるSさんと、飲み過ぎて、苦しい朝でした。

しかし、10時から17時まで、王西安先生の陳式太極拳の講習は、とっても楽しかったです。

力強さ、安定感が、すごかった。王先生の胸や肩にも触らせてもらい、緩んでいるという状態を感じとらせてもらいました。胸をゆるめなさい、と自分の胸にも触ってもらいました。

ちーしー(起式)だけで30分ずっととか、いつもそんなにまじめにやってない自分には新鮮でした。

もっと体、特に股関節、胸、肩甲骨付近をゆるめる必要を強く感じました。なんとかして、ストレッチもやったりして、そこらへんを動くようにしなければ、と思いました。そこらへんがゆるんだら、もっともっと楽しそうです。

今日は、懇親会まで、妻ともいっしょに行けて、それもよかった。
水曜にいっしょにやっているメンバーも沢山きていたし、日本の沢山のお弟子さんに囲まれた王先生もとても楽しそうで、本当に和む、いい時間でした。

中国語は、らおしー、しぇいしぇい、つぁいちぇん、位しか言えなかったけど、なんとなくいろんな言葉が聞き取れました。いーにぇん、は意念、か、とか。
「意念」はとても大事なことで、何をするためにこの動きがあるのか、どう動きたいのか、とかを考えて動く、ということで、形だけをまねしてもだめ、ってことです。





2009年3月17日 本の場 | | コメント(0)

nuno works定番ワークショップ6回目


◎手製本のワークショップ~定番編6 ミニアルバム

第六回目は、ミニアルバムを製本します。

生地をきれいに張り込んで、表紙を作ります。

・日程:3月29日(日) 
 Aコース 10:00〜13:00 
 Bコース 15:00〜18:00 
・場所:NUNO WORKS
・定員:各回10名 予約制
・参加費:5,000円(材料費込・税込)
・ご予約窓口はworkshop@nunoworks.comまで。
 
*お電話でのご予約はご遠慮ください。
*定員になり次第、締め切ります。
詳しくは こちら


2009年3月11日 本の場 |

深く、入ってる


日曜。家族で、ゴールデンウイークに行く、マレーシアのホストへの、調査票を記入する。なるべく現地の言葉で、ということでこのところずっと聞いているマレーシア語のストーリーのテキストの中からなるべく単語を拾って、好きなものとか書いてみる。(この単語がこの意味かな〜、みたいな感じで。勉強してるわけではないし。)絵なんかも併用してなんとか、伝えようと試みるのだ。

カラオケ行きたいよね〜と言いながら、行けず。なんとなく、ユーチューブなんかで曲を検索して、好き勝手に歌う。「椰子の実」の歌とかが、なんとなく、南の島(ボルネオ、に行くから)ということで、歌いたくなって、歌ってみる。(この曲は、太平洋戦争的にはどんなポジションなんだろう、と思う。)しかし、これはメロディは体に入ってるんだが、歌詞が入ってないのだ。2005年に、フランスに製本の講習で行った時、なんか日本の歌うたってって言われて、とっさに「あかとんぼ」(ゆーうやーけこやけーのあかとんぼー・・・)を歌ったが、子供を寝かす時に歌っていたのもあって、完全に歌詞歌えた。自分がこどもの時にも歌ってもらっていたと思うし、メロディ歌詞ともに入っていたんだろう。

今、ちょっと好きになった曲、カラオケいってみても驚く程歌えないことがある。
いっぽう早川義夫のソロの曲(「かっこいいってことはなんてかっこわるいんだろう」っていうアルバムの、中でも「埋葬」、「あさがお」)なんかは、カラオケ行かなくても、驚く程歌える。高校生の時以来、多分、何百回(いや何千回かも)も聞いたし、道歩きながら口ずさんだりしていたので、すごく体の奥深く入っている感じがする。そういう感じがなんかうれしい。

言葉もそういうふうにすれば入るんだろう。少しでもそうすべく、cdを聞いて、真似するしか無い。っていうか、このところのように、実際現地に行くってことになって、しばらくずーっと聞いていると、だんだん、その音が親しいものになってくるのと、意味をつかまえようとしだす。そうすると、楽しいものになってくるのね、音が。

2009年3月 9日 本の場 | | コメント(0)

『夏の庭』湯本香樹実

 

小5の娘から薦められて読みました。この間は『一瞬の風になれ』を薦められて読んだのですが、どちらも、(主に)男の子が成長するお話を女性が描いているという共通点があります。どちらもいい話です。

「おはなし」を作れる、っていいな。何かのきっかけで、おはなしや登場人物が自分の中で動き出すんだろうな。

娘から薦められた本を読んでみる、のは嬉しいです。特に感想をものすごく言い合うというわけでもないのですが。

2009年3月 2日 本の場 | | コメント(0)

『「ひきこもり」だった僕から』上山和樹 講談社 

 

「痴呆老人は何を見ているか」の中で引用されていたのが動機で読んでみた。前半は引きこもりに至るまで、そしてその最中の記憶をつづっている。後半はその自分を観察して、いったいそれがどういうことなのかを、読み解いている。口調は激しい。

「お金をかせぐこと」「社会とつながる回路をもつとは」など、人間という存在の根本的なところにタッチすることが書かれていると思う。まさに「ここ」だな、患部は、という感じだ。

私は引きこもりではなかったが、学生の時のことを思うとそれに近い気配はあった。また就職もいいかげんだったし、小学生のとき「将来何になりたい?」というよくある質問に、ともかく「勤める」のだけはいやだな、と思った記憶がある。そういった点では、上山さんに共感できるところはあるけれど、今も少し前からも楽しくやれているから(何しろ勤めてなくて家に居れるのだし!)、「共感した」と言っても、おもねっているだけになるのかもしれない。

自分の中の「お金」の意識の仕方が、実は、ぼかしが入っている感じがする。「仕事をして」お金をもらう、って思っているようないないような。「仕事が遊び」「遊んでお金をもらう」とか。都合のいい時だけ、「仕事」にして、都合が悪くなったら「遊び」。そのすり替えを世間から怒られない範囲でやっているのが、自分だな。

今は自分は「求められてる」と思えるし、そのこと(手製本周辺)にお金を払って、来てくれる人がいる、ということに、ものすごく、支えられている。というか、ほとんどそのことだけで「生きている」。ここに「自信」がある。そのことが安定してきているので、自信も安定してくる。それだけのこと、と思う。

私はつきつめて、考えることはつらいので、そうしないことでバランスをとっている。

ひきこもりになる人は本当につきつめて考えてしまうのだろう。そういうタイプの人も必要なんだと思う。そうでないと、この本で明らかにされている「問題点」は見えないだろうし、それに耳をかたむけないと、どこに問題があるのかわからないから。

(この本は2001年に書かれている。現状はそのころとどう変わったろうか。

 

2009年3月 2日 本の場 | | コメント(2)

『「ひきこもり」だった僕から』

2009年3月 2日 本の場 | | コメント(0)