科学
科学について考える。
今日はお盆などで2回休みだった太極拳と、そのあと「気について」の講義だった。
気の講義は(陰陽)五行説についての話が続いている。自然界のものやことをその性質によって、木火土金水の特徴になぞらえて、分類していく考え方。そしてそれぞれにある関係を観察、考察し対処する。自然界のことを分類していくのはそれほど、奇妙でなく、すんなりと納得できることが多い。春は木の気(のびて広がって行く性質)、夏は火の気(熱される)、長夏(土用)は土の気(最も安定している)、秋は金の気(凝集していき重くなる、充実する)、冬は水の気(氷らせて春までキープ)など。
しかし、人体の方となると、かなり新鮮な感覚がある。五臓(肝、心、脾、肺、腎)、五腑(胆、小腸、胃、大腸、膀胱)、五体(筋、血脈、筋肉、皮毛、骨)、五官(目、舌、唇、鼻、耳)五情(怒、喜、思、悲、恐)。それぞれ、木、火、土、金、水の順である。
この関係性は、今の時代では(というか、私のような素人には、と言った方がいいですね)ちょっと見抜けない。まあ、五臓はいいとして、それ以外はかなり意外な感じがする。
講義のあと、どうして、こういった関係性がわかったのですか、と、先生に聞いてみた。経験的知見。とのことだ。何千年もかかって蓄積された経験を考え、分類した結果、とのこと(私は何千年の間には、な〜んか知らないけどわかっちゃう天才が何人かいたんだと思うけど)。その知見は、現代の西洋医学から見ても正しい、とも言われた。西洋の医学(科学)はとてもスピーディ(多分この200年位?)に、理解に至った、とも。
そう。とてもスピーディに、というのは、「わかりやすい」ということなんだと思う。誰が見ても疑いなく、そう、という結論になることが証明できる、ということだ。
一方、上に書いたような五行説は、確かに分類ではあるのだがひとつひとつの語は、単なる指標にすぎず、内容を掴むには先生の話を何度も何度も聞いて(同じ角度からも別の角度からも)、しかも一つ一つ自分で感じとっていかなければならない。迂遠である。
しかし、本来、自然って「わかる」ものなのかどうか。
確か、アインシュタインの言葉が「科学者とは何か」(酒井邦嘉著)の中に引用されていて、「自然がこのように「わかる」ということが、不思議」というようなニュアンスだったと思う。ここが科学の凄さなんだろうな〜と思う。
一方、多分、陰陽五行説のようなものは、科学のようにわかろうとはしてないんだろうな、と想像する。ああでもない、こうでもない、と迂遠な言葉を使って、腑に落ちるまで時間のかかるわかり方が、なんとなく好ましい。
この言葉(西洋と中国)の気配の違いを、日本人として味わっていきたい。(ちなみに先生は北京生まれ、北京育ちの、日本人。ご両親が第二次大戦後抑留されて、こうなったらしい。)
2009年8月27日 本の場 | 個別ページ | コメント(2)
『遺伝子・脳・言語 サイエンス・カフェの愉しみ』堀田凱樹/酒井邦嘉
サイエンスカフェ、という試みの記録。サイエンスカフェ、は、市民が、科学者を囲んで、自由に話したり、質問したり、という会、というか場。二人の著者は遺伝子や脳科学の専門家なので、その話題を少し話してもらったところで、参加者が意見や質問をする、という形になっている。
ヒッポの大ちゃんが、この酒井先生の講演がある、ということで、読んでみた。う〜ん。
なんとなく、わくわくしない。なぜなんだろうか。
分かる、っていうことについての部分はそれなりに面白かった。
「言葉で分かる」でない「身も心も分かる」ところへ、連れてってくれそうな、武術の本ばかり読んでいたせいかな。
なんとなく、楽しめないのは、自分が感心を持っている身体感みたいなところがずるりと抜け落ちてるせいなのか、科学者という頭のいい人に引け目を感じるからなのか、そのへんがよくわからない。
2009年8月25日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
なにに興味があるんだろう?
8日の甲野さんの講習。
剣道やったこともないのに、「はいっ!」と手を挙げて、ずうずうしくも革を巻いた竹刀を持って、術を体験させていただいた。まず、普通の打ち方。これだと気配がありありなのでよけられる。はず、普通は。だけど、甲野先生に「この位はよけてほしいな〜」と言われてしまう、私のとろさ。半分以上、打たれてしまった。しかし、そのあとの気配を消した打、やはり、違いはわかった。全くよけられる気がしない。竹刀じゃなくて体術系の時にマット上へ行けばよかった、と後悔したけど、めげずに、そのあとも、合気道をやってる方の質問に乗じて、再度マット上へ。しっかり掴んでるはずの腕を難なくはずされる、なんだかわからない内に転がされている・・・など、体験しました。どちらも「あれっ?」という感じ。実感が希薄です。
そのあと、この10日くらいで「武学探求」「武学探求2」「韓氏意拳 拳の学としての意味」と読んで来ました。ものすごく、面白いです。はじめの二つは甲野さんと光岡さんの対談。
印象的なのは「一番近くにある自然は「自分」だ」という見方。そりゃあそうだな〜、と深く感じ入ります。人間や社会の作った規則を抜きにしてわれわれ生き物を統べているのは、自然の摂理です。武術は、ある状況では人間の作った規則など関係なく、相手を殺傷する技術。その無法地帯で有効なのは、その自然の摂理、というようなもんでしょう(ライオンが水牛を食べたり、水牛の逆襲でライオンが殺されたり・・・)。
自分は「考えているゆえに」自分。だけど放っといても、息をして、消化して、代謝して生きてます。その生きてるのは自分以外の何者でもない。
意識の上では(実際に)戦って相手を倒そう、とか、なんとしても護身しようというような気はそんなにないのに、なぜか武術に引きつけられるのは、多分、上記のようなことがあるから。
站椿功(と、言えないかもしれないけど、ただ、立つの)が面白いと思う今日この頃。
とりあえずやりたいと思った時に、とりあえず立ってみて、どこにどう力が入っちゃってるかとか、いろいろの感じを味わうのに飽きません。
2009年8月19日 本の場 | 個別ページ | コメント(2)
新刊がでます。『和装本のつくりかた』村上翠亭・山崎曜共著
二玄社から、製本のやりかたの本がでます。9月4日に書店に並びます。
「和装本のつくりかた」村上翠亭・山崎曜共著 二玄社刊
B5変型(230×187ミリ)88ページ 1890円(税込)
書道家の村上先生と半々に作例を作りました。村上先生は、伝統的なものを作りやすい形で提案されてます。私の作例は、和本のスタイルを今の暮らしに使えるかな、というような形にアレンジしたものが多いです。
やさしく作れる本になったのでは、と思います。
『ロングステッチでつくるやわらか革ノート』
西武の池袋コミュニティ・カレッジで行う、一回完結の講習です。
裁ちっぱなしのやわらかい革を使って手軽に作れるカジュアルなノート。
ロングステッチという方法を使って開きやすいノートをつくります。本作りに興味のある方のための製本はじめの一歩の講座です。
講師:山崎曜
開講日時:9月13日(日) 13:30〜15:30
受講料:会員は3,675円、一般は4,200円 (それ以外に教材費1,155円がかかります)
お問い合わせ 03-5949-5494 www.seibu.co.jp/c_college
丁寧な仕事
このところ、たまっている片付けをしている。身体の動きのことを味わいながら、掃除したり、洗濯したり。
洗濯しても、着て少し汗をかいただけですぐに臭ってしまう。
一度そうなってしまった、シャツは、復活不能。漂白剤で消毒、みたいなつもりで漬け込んでも効果なし。去年、煮るのを試したがだめだった。この間、そういえば、低温でも長時間する殺菌があったな(パストリゼ?だっけ、牛乳なんかの風味を落とさずに殺菌するやつ)と思い当たり、煮沸に再挑戦。沸騰で15分やったところ、改善がみられた。
しかし、買ったばかりのものがすぐにだめな状態になる、というのが、自分がよほど加齢臭なのか、と思っていやになっていたが、家族全員の洗濯ものがその状態であるのが判明。ということは、洗濯機。でも洗濯機も塩素系のもので12時間とかかけて、殺菌してる。
でもやっと原因がわかった。
結局、汗をかいたものを手ですすいで、洗濯機に入れるのはいいけど、そこでタイマーで翌朝に洗い上がりの設定をして、槽の中でむれむれになっちゃうのがいけなかった。うちの室内温が高いのを思い当たってなかった。馬鹿みたいである。
それで実験。新しいTシャツをそれだけは手洗いですぐに干す、というのをやってみた。今、ひと月以上たってるけど、見事、すぐに臭い出すということはない。
当たり前のことだけど、むらしている状態で、「すぐににおいだす」という状態が新しい服にも移ってしまうのだ。
つまり、洗濯機の使い方がまずく、投げ込んでスイッチ入れるだけ、というような自分のだめな態度が、臭い服に反映されてしまったというわけだ。
いつも丁寧な仕事をね、な〜んて偉そうなこと言ってる私が、これはたいへんにだめじゃ〜ん。(実はそんなことばかり。くそ。なんとかしなくちゃ。)
今日も自分の汗かきTシャツを手洗いしながら、こういう時にどう身体を使ってるかをよく省みて改善していけばいいんだな、と思った。