本の場:●本の場● 山崎曜 YAMAZAKI YO 手工製本家 メディアとして主役を降りて久しい「本」を、今までとは別の、美や造形として輝かせて、新たな「もの」として存在させたい。

太極拳体操だとしても


昨日は太極拳の忘年会。おとといは教室の忘年会。こちらは西荻窪のタイ料理やさん「ぷあん」で20人で。おいしくて、なごみました。

昨日は太極拳の忘年会。
むろん、忘年会前は今年最後の練習。準備運動の開脚の前屈や普通の前屈でも前回と感覚がちがうし、鏡でみても、胸の姿勢がよくなっています。

両手をおなかにあてての站椿から、靴の中の足をにぎって(特に外側の三趾)MP関節の方に乗り、踵にはあまり乗らないようにして、やってみました。久々に先生から姿勢についてチェックが入りました。これは、よりこまかい指示があたえられた感じがして、かなりうれしい。MP外側に乗りながらも、はい骨でなくとう骨にのって、「すわるように」というけど、いままで、かなりかかとに乗って「どっこいしょ」と落ち着いてすわっていて、そうじゃないらしいぞ、って感じがしました。「すわるように」というのも微妙なもんです。足のアーチの作り方が、内側にしめるようなものではなさそうだ、というのがわかりました。

套路も外三趾のMP関節に乗ると、力がよく伝わる感じがします。陳式の手のしぼりかたも外の三指を意識すると随分、効きそう。

そんなことを思いながら套路をすると、面白いです。
自分は戦う気はないので、武術をやるのもおかしな話です。
「健康体操」といわれればまさにその通り。
そして、美しく舞いたいみたいな気持ちもあんまりないです。

たぶん、身体の研究、身体の力学の研究、みたいな楽しみ。こういうふうに立ったら気持ちいいな〜とか。
その道標として例えば、「牧神の蹄」持ち上げられるぜ〜、みたいな人とも刺激しあえる楽しみがちょっとあることもおまけの楽しみです。前屈できるようになる、とか、開脚できるようになる、とか、しゃがめる、とか、そういうのも、まあ、おまけといえば、おまけ。

套路の中の技っぽく見える型をおぼえても多分、戦えない。
多分戦うことがあるとして、それは、素人がその場で「なんとかする」という戦いでしかないから、その時に、もし何か有効なものが「太極拳体操」の中にあるとすれば、自分の機能をじっくりと観察しあじわっていた、ことによる自然な動き、なのではないか。

忘年会では、女性陣はいろんなことを楽しく話し、男性陣はやっぱ、太極拳や気功の理屈、みたいなことを。
ま、長老のFさんおっしゃるとおり、「何回でも動いてみなけりゃだめなのは当然。理論も読まないとだめ。どちらも何度でもやっていかないと!これは来年の課題だよ」と言って中国武術の理論のコピーをくださいました。
私は気を学ぶを教えていただいてるO先生の隣だったので、少し話すことができて良かったです。
今年は「気」のことも、座学で学び始められたし、よかった。





2009年12月17日 本の場 |

コメント(2)

えにし :

こんにちは!

いろいろと発見があるようですね。

私たちは一番身近な身体のことをあまり知りません。

私もまだまだ知らないことばかりなので、ささやかな発見を毎日楽しんでいます。^^

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ああっ、えにし先生、コメントありがとうございます!
明日、というか今日はまたまたよろしくお願いします。(といっても、先生ももう東京ですね。)

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