本の場:●本の場● 山崎曜 YAMAZAKI YO 手工製本家 メディアとして主役を降りて久しい「本」を、今までとは別の、美や造形として輝かせて、新たな「もの」として存在させたい。

家族写真でつくる 温かなフォトブック


告知が遅れすみません。カメラマンの中村愛さんとコラボする、池袋コミュニティカレッジでの講座です。写真、製本、個々に受講するのもOKです。日程は以下。
私の講座では、中表に二つ折りにした紙を重ねて、前小口側と背側に糊入れして本文を作るり、それにハードカバーをつける方法をやります。

中村さんの写真講座は
4月20日(火)10時半〜12時半
5月9日(日)10時半〜15時(屋外で撮影実習)
6月15日(火)10時半〜12時半

私の製本講座は
7月18日(日)10時半〜12時半
8月29日(日)10時半〜12時半
9月26日(日)13時〜15時

日程が不規則なのが注意です。詳しくは池袋コミュニティカレッジ03-5949-5494まで。

講習料などは池袋コミュニティカレッジのホームページをご覧ください。
通しで受講すると少し安いのかな、多分。



2010年3月31日 本の場 | | コメント(0)

久々に写真


保育園には、夏休みや春休みのような長期のお休みがない。で、今日が学年最後の日。
今年も寄せ書きを集めて、クラスを担当してくださった先生方へ贈った。

DSCN0121.JPG
NUNO WORKSさんの生地を接いで表紙を作った、葉書サイズのカードメモ。カードメモは「もっと自由に!手で作る本と箱」に掲載した作例。
作り方本のために作る作例を、なかなか自分のやるものとして使う機会がないのが実情。昨年のキハラさんのワークショップで名刺サイズのものをやってはいるのだが、ワークショップでやり方を教えるのと、例えば今回のようにプレゼント品としてでも実作するのとは、大分違う。サイズが葉書サイズ、表紙芯も0.8ミリ、布も接いでるので結構な重み。それゆえ、背はしっかり寒冷紗で補強した。本に載せたものを大分アレンジしたことになる。

自分は(例えばクラフトの)作家ではなく、やり方の提案をしている人だな〜と実感。
言い訳ですが、私の本から作ってみている皆さんは、とりあえずレシピ通りやってみて、
あとはがんがんアレンジしていってください、よろしくお願いします。

DSCN0124.JPG

閉じたところは角の欠けた、こんな形。

ついで、と言ってはなんですが、NUNO WORKSさんでのワークショッップ、アクシスギャラリーで5月16日(日)にやることになりました。NUNO WORKS移転にともなって休止していて、今後もどういう展開になるのかは未知数ですが、とりあえず、1回やります。詳しいことは、決まったら告知します。(あと、昨日は急だったのですが、NIKKEI MAGAZINEの取材もありました。5月半ばかな?に日経新聞に挟まります・・・これについてもまた書くかも)

2010年3月31日 本の場 | | コメント(0)

骨盤おこし、多分6回目


昨日は、このところ月1回行っている、中村先生の骨盤おこしセミナーだった。
私自身の進歩は。。。あまり。。。
立位体前屈、は、少しずついくようになってきたし、股関節から動く感じは確かにあるが。

今回は初参加の若い方(33才の理髪業の方)が、中村先生のブログを見ただけで、2ヶ月で、開脚できる(もう少しで、そのまま前に乗り越えられそう)ようになっていて、すごかった。
先生に言わせると、骨盤のポジションがいいそうだ。
毎回やる骨盤おこし式スロージョギングの時、盛んに「どんな育ち方をしたの?」と先生は彼に尋ねる。若い人で、骨盤のポジションがいい方というのはとても珍しいらしい。
つまり、それだけ人が育っていく環境というのが悪いのだろう、現代日本は。
そしてどういう風に育つと、いいポジションになるのか、というのが、
中村先生の(そして現代日本の)切実な疑問なのだと思う。

それで、先週受けた「気を学ぶ」の授業を思い出した。こちらはお隣にすわるいっしょに太極拳をやってるKさんによれば、23回目。この授業のO先生は二十歳過ぎまで中国で育ち、中国医学の勉強をされたかた。1940年代だったか1950年代までだったか、中国も現代医学一辺倒で、今の日本と同じようにな状況だった、と。そんな中、毛沢東が、中国医学の研究機関を作り、その状態を変える契機になったとのこと。
そして中国では、どのつぼを押すと、ここにいいんだよ〜ということが、生活の中で今につながっているそうだ。

長い経験から培われたからだについての知恵が、一見明晰でだれにでもわかりやすい「科学」に基づいた西洋医学に淘汰されてしまった、というのが今の日本の状況でもあるのだろう。
そして、そのことは甲野先生の初期の本「表の体育、裏の体育」が世にでたきっかけでもあるんだろう。



2010年3月29日 本の場 | | コメント(2)

紙の本は


このところ、電子書籍の報道が多いように思う。キンドルが出て、いよいよIpadも。
まるで去年のインフルエンザのパンデミックの時のように、胸がざわざわするのは、まあ、自分の仕事とかなり深いつながりを感じるからなんだろう。
読みたいものを読みたい時にすぐに読めるのは、大歓迎。だから自分は簡単に電子書籍に親しむであろう。今だって8割がたは図書館で借りて本を読んでいる。図書館で借りれない本はアマゾンで買う。持っている本は減らしたい。その他その他。そんな生活はあっというまに紙の本じゃなくて電子書籍に移行する気配に満ち満ちてるではないか。

私のやってることが、これから役に立つ、とか、そういうことを言ってくれる人も逆にすごく増えてきたと思う。つまり、今の紙の本が、貴重になって、アート化していく、と。
つまり、紙の本の、ものとしての価値があがっていくから、と。
そうかもしれない。が、単純に行かないようにも思う。
そんな気配の社会の中で、本のアートの作家じゃなく、注文する人が求める製本を高級サービス業としてやる職業をやっていければいいな、と思う。(それには、紙や糊の保存とか修復のスキルや知識が不足している現状をなんとかせねば。製本に関して、随分いろんなことができるようになったつもりだったけど、ふと冷静に自分を見ると、実はできないことがいっぱい。
もっと、積極的に、スキルアップしないと。(紙や糊の化学的理解、小口金付け、いろいろの金箔押しなどなどなど・・・・・・)

2010年3月20日 本の場 | | コメント(3)

本当の納得


きのうのヒッポファミリーには本部のアッキーが来てくれた。
アメリカに留学しての英語が自然習得されていく時の感覚のことを少しだけ言ってくれて、
自分が赤ちゃんで日本語を自然習得していくときのことを自分ではおぼえていないけど、英語を自然習得した時は、意識がある状態だからそれがよくわかって面白かった、と。
あー、これを体験してみたいのだな、自分は、と思った。

それと、自分の教室で、人ってそれぞれ思考の回路が随分違う、という話をよくするのだが、いつも話している定番的話、子供の頃、弟に算数をうまく教えられなかった話をした。大人になって大分して弟本人から聞いたのだが、彼は、指を数えて足し算をしていて、親か先生かからやめなさい、と言われたのだそうだ。そうしたら、頭の中で想像の手指を数えるようになった、と。これを聞いて、私は教えられなかった理由がわかった、と思った。私は指を数えたことなどまったくなく、どうやって自分が計算をしているのか、自覚できてなかったので、弟の思考体系にコンタクトすることができなかったのだ。と、いつもここまで考えていた。
先週は、では自分はどうやって計算ができていたんだろう、と思った。そして多分、九九みたいに数字の組み合わせをおぼえたんじゃないか、と思った。1+2=3とか4+5=9とか。根拠はない。ただ、そうすると先生から丸をもらえる(つまり一般的に正しい)、と。
ううむ。弟の方が断然、論理的思考だと思う。

身体で悟ってない「正しさ」は、よくないものだ。
あーあ、かなりのパーセンテージでそういうよくないもので成り立っているのだ、自分。まあ、これからぽつぽつでもそういうことに気づいていくしか無い。(常識を疑う、っていうことだけど、そう言ってしまうと、なんとなく違うニュアンス)

腑に落ちる、という感じが無ければ。

でも、同じ話を繰り返しすることで、変化がある、ということが、いつもながら発見だったのはいいこと。そこで終わり、と思っていたことがそうではない、というのがうれしいことです。


2010年3月16日 本の場 | | コメント(2)

あんこ入り表紙


今週は教室でも体調不良でお休みが多かったです。季節柄でしょう。
私の花粉症はぼちぼち。(きのうくしゃみ5回。今日はくしゃみなし。ずっとマスクや眼鏡で予防に努めてます。)年々軽症化はしてるようです。多分、加齢現象らしい。
ですが、やはり、今週は教室終わったら、なんとなく疲れました。あったかくなってきてうれしいんだけど。
(花粉もあるけど、遅くなってた確定申告をやっとすませたり、とかね。)

製本の方は、あんこ入り表紙が、今ひとつだった。スポット受講のKさんの。
これは作りをもっと検討していかなければならない課題だ。
表紙の立体的丸みを作るとき、芯のボール紙や木の板を削って整形することはできる。
あんこ入り表紙、は、芯の上に綿や新聞紙や段ボールや緩衝材なんかを入れて作るもの。
これは、丸みの完全なコントロールが難しい。なんとなく膨らんでるのはできるけど、
思い通りにふわっとは、なかなか。特に角のところにしわを寄せずにうまくくるむのがうまくいかない。これは本当に上手じゃないとだめな感じがする。
和服を着る(これも思いながらトライできてないこと)、みたいに、表紙を貼れないとだめなんだろうな。

初老、は、多分、洋物を離れて、和物へ向かう。












2010年3月13日 本の場 | | コメント(3)

初老


水曜日はだいたい隔週で、太極拳のあとに「気を学ぶ」の授業。
(この「気」は怪しい「気」ではなく、中国医学で基本となっている「気」という考え方を学んでいくものです。)

45才をすぎたら「初老」です。
とは、O先生のお話。身体の曲がり角の一つのようです。

灰色の脳が、透明な液体の中に浮かんでいて、それはそれは美しいものです。
とも話す、O先生はかつては病院に勤務したり、開業をして治療をするお医者さんでしたが、
予防の方へ足を踏み入れ、今はこの方の指導(つまり気功の指導)だけに専念しているという方。

最近の胃の不調(年末の内視鏡で「びらん」だった)はやっぱり、年のせいで体に無理がきかないということなんだろう。
胃が「乱暴な扱いはもうだめよ」というシグナルを送っているんだろう。
初老だもんね。

脳の話は、そんな美しいものも自分のなかにあるのに、見る事はできず、また、そんなものが働いて「考えたり」「動いたり」「感じたり」してるのにそれを自覚はできない、っていうのが、おどろき。このキーをうってる手だって、その中で実に精妙なことがおこなわれて、そういう動きをしてるのに、中を見る事ができず、しかも何がおきてるのかは自覚できない。
そう思うと、本当におどろきだ。



2010年3月11日 本の場 | | コメント(0)

カルチャーセンターでの講座


池袋コミュニティカレッジでの講座、今年度は今日が最後だった。(えーと、確か年間で4回やったことになるのでしょうか?)
今回は「もっと自由に!手で作る本と箱」に載せた、段ボールキューブの大の方。
それ自体が何なのかよくわからないもの(自分で言うのもなんですが・・・)な、せいなのか、受講者はごく少なかった。でも、かえっていろいろな意見を聞けたのでよかったと思う。
受講してくださったみなさん、ありがとうございました。

思い返せば、今年度の4回は、封筒の本、柔らか革ノート、布装レシピノート、そして段ボールキューブ。
日曜の単発の体験的講座。
こういう単発の講座をやるようになって多分10年くらいにはなるであろう。
新しいネタを考えるのは、それなりに楽しかったし、できあがって喜ばれればもちろんうれしい。限られた時間の中で、仕上げられるように下ごしらえをして、うまく組み立ててもらえるように、作業のもっていきかたやマニュアルの書き方や何かに工夫をし、ということも面白かった。

でも、もう次に行きたいな、と思う。

やりたいことと、やってもらいたいという外からの要求がうまくあってるかはわからないけど、もうすこし対話があるというか、「作らせる」や「作っていただく」ではない、ことができるはずだ。

で、『ワンテーマ製本相談室』みたいな講座ができたらいいな、と思った。
ワンテーマ、は、「カッターでボール紙を切る」とか「箔押しをやってみる」とか「革製本の装飾、モザイク」とか、「糊で紙を貼る」とか、「小口に金をつけてみる」とか、そんな
のを一応のテーマとして(私が今ちゃんとできる自信がないものも含めて)かかげておいて、実演したり、体験してもらったり、質問を受けたり、する。

これのテスト版というかプレ講座というのかは9月の予定。

で、その前に子供を専門に撮影されているカメラマン中村愛さんといっしょにやる「家族写真で作る温かなフォトブック」の講座があります。こちらは、5月6月7月が中村先生の撮影講座、8月9月が私の製本講座になっていて、別々に受講することもできる講座です。
どうぞよろしくお願いします!

2010年3月 7日 本の場 | | コメント(0)

コテで押す作業


ながらく預かりっぱなしで滞っていたものをようやく仕上げ、昨日、依頼者に渡すことができた。
今回は革に箔押しで装飾した。といっても箔そのものはプラチナ箔を少し使っただけで、主に空押しというか、湿らせた革に少し熱したコテをあてて、革を少し変色させる技法を使ってみた。
最終工程では多分8時間くらいずっとコテで押す作業をしたので、昨日は筋肉痛。腕も少々そうなのだが、主に腹筋。「骨盤おこし」的に考えてよさそうな動きを多少は意識してやってみた。でも、つい腰椎を曲げてしまってよくない動きをしている時があって、最近日常の動きを少し注意していたせいか、痛まなくなっていた左足親指の付け根が作業直後少しいたくなり、おお、ここに来てる、無理が、と発見だった。
しかし、その痛みは意外に早くなくなって、結構肩が軽いのに気づく(久々に高岡秀夫さんのギュードサ体操の動きをやったら以前と全然違う肩の軽さだった)。からだ、いい感じ。

圧をかけるのが嫌い、といいながら、手で単調にコテを押して行くのが実は好き?と思った作業だった。模様や字を何回か押す時ずれたりしないようにというプレッシャーをなんらかの方法で解決できれば(これがばかにならない緊張感なのだ)基本的には人間にとって楽しい作業だろう。

2010年3月 4日 本の場 | | コメント(0)

本質的疑問を持ちながら生き延びる


骨盤おこしセミナー。去年11月から参加し多分5回目。えにし先生とも顔なじみになってきた。

後傾している骨盤を起こし、体を改善するのが目的の講習。

しかし、えにし先生の言葉のはしばしに感じられるのは、「人間という生き物は(身体的に)どうあるのがいいのか」という感覚。

昨年の2回目のセミナーの時に、川田順造著のアフリカ、日本、フランスの道具使いを比較した本をもっていって、それこそ「携帯電話を折り畳んだような」体使いをしながら種をまく、アフリカの人の写真をえにし先生にもちらりと見せた。



なんだろう。
いつも自分の位置を全体の中に見つけようとしているのか。

ともかく、今こうなってる世界の中に自分はいて、そこまでになってくるいろいろな壮大なストーリーを思ってしまう。

螺旋状にことは進行する。学生の時に三木茂夫先生の授業に引き込まれたのも同じ気配があったかもな、と思う。その時は個体発生は系統発生(だっけ?)を演じていて、その中でのスポットを当てられていたのが「上陸」という物語だった。海を出て陸にあがる生き物の物語。
最近思うのは、「立ち上がる」という物語のような気がする。ヒトはなんで二本足でたって、歩行し、思考するようになったの?なんで、その皮膚はつるつるなの?(、これは、「傷はぜったい消毒するな」夏井睦著、という本を読んでいて思った、これもすごく面白い本)から始まって、話はばっと飛ぶけど、どうしてこういうふうに道具を使うようになって、それが機械にこうなって、なんで欧米の産業革命が世界の覇者になって、なんであの体使いのアフリカが後進地域になり、なんで日本が特異な展開をしたのか、みたいな。

それを、だんだんに後傾でない骨盤になりながら考えて(いや、感覚して)みたい。

なーんてぼーっとなりながら、十条のリトルコへ。
イラストレーターの森千章さんの個展。
うちの教室で作っていたものなんかもあるのですが、初めてみる感じで特に質感が素敵でした。お店の雰囲気のせい?教室だと私自身が先生ポジションだからかな〜?
ココアおいしかったです。



2010年3月 1日 本の場 | | コメント(0)