構造動作トレーニング(自分の)5回目(骨盤おこし11回目)
この間の日曜は、構造動作トレーニング、基礎講座に参加した。
今回は、9月に朝日新聞に記事がでたことで、それで参加という方も多く、満員。
はじめての方々が、中村先生の説明に熱心に聞き入りながら動作を確認しているのを、常連の人達に混じって、後ろの方で、しっかり観察をする。
人の動きを見るのがとても勉強になる。自分の動きは自分だけではなかなかわからないことも多い。人を見たり、人から動かしてもらったり、人を動かしてみたり、いろいろやることですごく理解が進むことがある。
中村節、炸裂。
受講者「準備体操でストレッチします。」
中村「なんでストレッチするの?」
受講者「え、身体を伸ばして動きやすく・・」
中村「なんで伸ばすの?」
受講者「やわらかくて運動しやすい身体になるんじゃないんですか。」
と、ここで、伸ばしすぎて、筋肉が伸びたゴムのようになって姿勢を保持できなくなったバレエの人などの例をあげる。そして、スポーツにけがは付き物っていうけど、それ、いいこと?とか。
今、常識的に「いい」って言われてることは、これだけ変なことがおきていてもなかなかそれに気づこうとしないものだ、という現実を紹介。
自分のことは、自分の身体で気づいていくしかない。そのための、第一歩が股関節の意識をもってそこを動かせるようになること、なんだと思う。
終わった後のお茶が、また楽しかった〜
ゆっくり走りの着眼点も新たに得たし。(靴底(私は地下足袋だが)がなるべく減らないように、とか、ぺらぺらの底で、とか、スリッパ状のすべりやすいものでもすべらないように、とか。
何それ!?って感じなんですが、「理屈でいくとそうなる感」がもう笑っちゃって・・・
自分で試して確認したものを信じるというか、こうだなと結論づける、っていう態度にとても共感します。
さて、とりあえず、ほぼ毎朝のゆっくり走り、を続けて、いつも股関節で動く意識をもって、楽しく生活していきたいです。
股割のテレビ、youtubeにアップされました。いいです。
中村先生、ちょっと表情硬いですが。
2010年11月30日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
雑感
やっと、「ここ」にたどりついた感。
「ここ」というのはこのブログの場。特に忙しいわけではないのだが、いろいろとやることがあって、このブログの場に帰ってくることができなかった。まだ、ブログを書く時間が、きちんと、「ここ」と特定されて、生活に組み込まれていないのだ。
それと、自分の書きたい気持ちが、教室のメーリングリストなんかで解消されている、ということもある。書きたい気持ち、のエネルギー(言ってみれば、衝動)でブログを書いているわけで、それだと不定期になるし、ちゃんと書くこともできないかもしれない。
ブログはなんのために書いてるか?
それは、今こうしてる、こんなこと考えてる、って社会に向って、自分の存在を、とりあえず表示しておくため。
整理整頓は引き続き、実行中。多分、それで、自分が再構築されて行ってはいる。
一生の趣味、とか言って。(しかし、本当のところは多分、ある時点まで行って、区切りがくるような気は、する。)
「手で作る本の教室」は私のメインの仕事。週3日まるまる、みんなとしゃべったり、作業してもらったり、自分も作業したり、毎回勉強。それ以外、受けてる仕事を他の日にやってるのだが、作業そのものをしている時間は少なく、すこーしずつ進行します。家事や雑事が多いです。足りない技量を補う練習も不足です。今はひとつづつ、しっかりとやっていかねば。
2010年11月30日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
一つに結びつけたくなる性質
学生の時、4年間いや、6年間かな、聴き続けた講義。三木茂夫先生の「生物」。
初めの頃は、このことを使って何か表現ができるんじゃないか、とあさはかなことを考えていた。言葉から「絵」をクリエイトしようというばかばかしいことを考えていた。「挿絵」が文章の解説になっては、無意味だろうということに気づかない、まぬけぶり。
昨日は岩田誠先生のワークショップがヒッポファミリークラブであった。
「ヒトはなぜ絵を描くのか」というテーマでのお話。
ヒッポは多言語の自然習得を試みながら、国際交流もする、という団体だが、
ことばって何だろうと考えながら、ことばっていうことそのものを楽しむ、ような姿勢がある。(それは、人間ってなんだ?ということでもあると思う)
その結果、派生的に科学や数学を「ヒッポの方法」で理解しようというアプローチがあり、それが私にはとても面白い。
学校の時に、「勉強」の路線から外れている私も、いっしょに楽しんでいい、というのがありがたい。
で、岩田先生のほかの動物にないヒトの特徴は
1、ことばを話す
2、ハイハイをする
3、絵を描く
だそうで。まあ、ヒッポだからことばのことが出て来るのは当然として、ほかの二点が私にはものすごく興味深い。まあ、「絵を描く」のはある意味挫折してる私なのだが、なんといってもハイハイ。これはすでに「歩いている」の?
人間はなんで立つの。
というところに。
骨盤おこしでは、赤ちゃんの歩きに注目している。そのように歩ければ、というニュアンスがある。すわっている赤ちゃんがハイハイに移行するとき、見事に股関節がグリンと回転していた。あこがれのロールオーバーである。
全然書き出しと結びつかないのだが、
三木先生の授業での一つのテーマが「上陸」。進化の過程で、海から陸へ上がるというエポックがたいへんドラマチックに語られていた。それで38日の胎児の顔に、肺魚の面影を見たり。
一方、今私が引き込まれてるのが、多分、「立ち上がる」というドラマだ。
「胎児になってみよう!」は遠すぎて観念の遊びになってしまった。
「赤ちゃんになってみよう!」も現実は無理なんだけど、模倣はできそうだ。
こう書いてみると、なんとなく、身体が動かせそうな気が少ししてきた。