第9回構造動作トレーニング(私の6回目)
今回はfor sports ということで、何かスポーツをやっていてどうすればパフォーマンスをあげられるのか、という講座であった。私の太極拳はとてもそういうものではないのだが、このところずっと講座に行けていなかったので、妻と子供と参加。
結果、とても良かった。
というか、今の動き全然だめ、っていうことがよ〜くわかりました〜。
妻と参加したことで、自分の動きを刃に絹を着せぬ家族に見てもらえて。。
自分がこうかなと思ってやってる動きは、先生が示しているのと全然違う、ということを他の人から指摘されて、「そうなんだな」と思うのだが、どこをどうしていいのかわからない。
特に「ゆっくり走り」、ずっとやってきただけに、まったく動きが違っていたのにショック。
想像以上に、体感としては外側に重心をもっていかねばならない。
母指側で蹴ってしまっている、と指摘されるのだが、蹴っている自覚が得られない。足首を背屈してない、と言われるのだが、これも自覚できない。
終了後、先生に立った状態で足を動かして足首背屈の状態を体感させてもらって、なんとなくちょっとわかった、というかヒントが得られた感じがした。
思ってるのとは相当違うのが、「楽に動く、正しい骨格位置の身体」ということはよくわかりました。
まあ、相当身体感覚が鈍いので、リハビリのつもりでわかるところから少しでもきっかけを掴んでいきたいです。
というわけで、今日は花粉も飛び始めた先週末、ということで、室内で30分ゆっくり走ってみました。弾むようにというのが逆に膝を固めてしまっているようで、また昨日を同じようにハムストリングス側が張ってくる。これは「股関節に刺激が入っている」と解釈していたかもしれないのですが、違うのか、どうなのか。ゆるんできているわけではないので、違うのだろう。
う〜ん。ひとつひとつ体感と理解をすりあわせて行かねば。
それは、素直に体感を受け止め、どこが動いてるかを理解し、その結果どうなってるのか、を整理して考えることが必要なんだろう。
本当にすべては整理するところから。。。
ヒッポの、チョムスキーさんの講演の中継を見逃してしまった。
生成文法という言葉を最近知ったのだが、人間は生まれながらにして身体の中に言葉の仕組みをもっている、というようなことらしい。
それに、まわりの環境の言葉が触れて、持っている文法に整理されて、たとえば赤ちゃんは言葉がしゃべれるようになる、というような考え方らしい。
言葉も骨盤おこしもともかく身体や口を動かして、体感を味わって、身体自身の機能を信じて、まかせて、何かを(身体に)整理させて、得ていくしかない。それには、まわりに人がいる環境が無ければならない。
2011年2月28日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
教室整理すすむ
教室の合間や、時間中にも少しずつ、整理をすすめています。
入りたての方から「先生の動きがとても多い教室」と指摘され、以前はそのことを「いいこと」のように思っていたんですが、実は、私しか収納場所がわかっていない道具や、私しか使い方のわかっていないものが放置されていたのです。私の部屋に遊びに来てもらってる、って感じではよいのですが、やっぱ、教室だからそれはまずい、とやっと気づき始めたところ。
生徒さんの誰もが、自分でとりだせ、自分で使いこなす、というごく当たり前の事ができてなかった、っていうこと。反省して、引き出しの表や、棚に、何が入っているかを、種類別に色分けして、表示することから進めています。
そして、最近、自宅で家族には評判わるい私です。
「皮肉が多くなった」「言い方が人の気持ちを逆撫でする」「自分を棚にあげ、きびしい」などなど。
断捨離の本を読んでる、生徒さんによると、自分が整理をしだすとそういう症状(つまり、人にも片付けてほしいと思って、なにかと気になり、口うるさくなったりする)になるようです。で、さらに整理が進んでいくと、人のことは気にならなくなる、とのこと。
うまくそこまで行けるといいな、と思います。
2011年2月14日 本の場 | 個別ページ | コメント(0)
観察→考える→改善
昨日は、ヒッポファミリークラブの、春の交流(ホームステイ)の準備会が、渋谷の本部で。またまた、ここに来るメンバーの元気に、圧倒されそうになるが、
これが、ヒッポ。
いろいろなダンス、歌をみんなで、大暴れで、大声で、やって、すごい。
現場で、実際に人との間におこることで、自分を磨くっていうか、そういう感じ。
(韓流ドラマもちょっと見てみよう・・・)
さて、
時間をどう使うかは、自分の自由。
私の場合、この10年位、木・金・土を手で作る本の教室にあてている。
それだって、一人でやってるわけだから時間変更やら、やろうと思えば自分の判断だけでかなり簡単に動かすことができる。ましてや、月・火・水の時間の使い方は本当に自分次第。
が、使いこなせていない。
整理しなければならない諸々がたまっていたり、受けてる仕事が滞ったり・・・
練習したい技法の練習をさぼってたり。(でも先週は、小口金付けの「付く」感じが少し掴めたかな、と思えたのがよかった・・・。気乗りしないまま試していると本当に観察ができていないのがよくわかった。いつでも「なぜ」付かないのかとかそいう視点が必要だ。うまくいかなくていらいらすると、事実に対して冷静な視点がなくなって解決できるものもできなくなる。)
ともかく、見直しが必要。身体、生活、頭、仕事。いろいろな技法書やテレビやネットの情報がその場の役にたつことはあるけど、基本は、自分で観察して、何が問題なのかを発見し、改善の手を打つ、ということだ。そして、打った手が、新習慣として根付く(つまり身体に入る)まで、意志を少し使う。
まあまあうまく根付いている習慣は、朝のゆっくり走り。去年8月から、一応続いてる。
(数日できない、とかはあるけど)
あと、整理は、ずっとやってる。スペースができると、今まで思いついてなかったやり方を思いついたりして、それなりに効果が出てる。で、気づいてきたのは、収納場所を誰にもわかるようにしておけば、人にたのんでやってもらうことが可能になる、ということ。
教室では、生徒さんがもっと自分の判断で作業できる。
家では、子供にもっとお手伝いさせられる。
その結果自分の使える時間が増える。
少しずつの進展はあるし、それを喜びつつも、
より遠くをみないとな。(何をするのに生きてるんだろう?)
自分をコントロールできるように。
いらいらしないように。
それが、我慢ではなく。
最後に思い出した。
3月の韓国ホームステイに向けて、自己紹介のファイルを作るのに子供に写真をとってもらった。太極拳のポーズをしたり、できない股割りもやってみたり。
それで、写真見たら、全然骨盤起きてない。
がっかりだが、これも、観察→なぜだめ?→改善、というプロセスだ。