節目
子供が小学1年生になった。
子供は確実に一つ上のステージというのか、立場が変わる。
こちらの時間使いもそれにつれて変わる。(もう、朝、送っていかなくてよい、とか)
そして、時代も変わる。
電子書籍が進化していって、自分の教室の意味も変わっていく。
(原発)震災で、自分の仕事の意味をもっと考えなきゃなと思った。まあ、実際は淡々と本のリフォームをしたり、作り方を教えたり、というのは変わらないのであるが。
そして、意外にまだまだ、求められている、と感じられる。
製本をはじめて以来、いっしょうけんめいキャッチーな作例を、と作ってきた。考えてみれば、それは予備校生だったころや、それ以前の何か美術系のことで生きて行こうと思った時からずっとだ。ともかく、作品がいかに目立つかということだったな〜と思う。
深く考えるまでもなく、いかに目立つか。(このごろは、それはもういいよ〜、と少しは思うようになった)
最近の自分の教室では何が求められているか。
このところ感じるのは、どうしたらカッターで紙をまっすぐ切れるのかとか、いわゆる「基礎」みたいなこと。自分で考えて自分できっちり作れる、ということのための。
先週はたまたま3レッスン続けて、カッターでのカットがいつも曲がっちゃうのを直したい、という要望があった。いままでもよく説明して来たつもりだったけど、自分のやり方の手の動きの形を説明しているにすぎなかったというのがちょっとした発見だった。形を教えすぎると、習ってる方はその形をまねしようとしすぎてしまい、なんでその形になったのか、ってところが伝わらない。
結果として、教える前よりも悪い結果がでたりする。
求められているものをよーく見ないとな、と思いました。
カッターの切り方はひとりひとり癖があるので、よくそれを見た上で、指摘し、
「いままでこういう感じの切り方はしたことがなかったな〜そこがポイントか〜、」
っていうようなことを味わってもらうのがよい。
ただ形を直してください、っていうのだと伝わらない。
7月にある大学の授業でも、作業全般の基礎を、という要望がある。
「教える」ということに関してはそこらへんを充実させよう。
2011年4月11日 本の場 | 個別ページ | コメント(1)
自分をコントロール
先週は、仙台の生徒さん、教室にいらっしゃいました。
やっぱり最初の1時間くらいはしゃべってしまった。
うちの教室では、去年の教室展示をきっかけにメーリングリスト(というのかな)をやりだしています。
結果、どんな人が教室に来てるの?(1クラス3人だから他の時間の人のことを知りにくい)とか、興味が近いわけだから、注目の展示の情報とか、その感想とか、いろいろの情報のやりとりが活性化しました。
今回の災害でも、仙台のMさんがみんなに心配されたのですが、
普段からたくましいとは思っていたが、こんな時こそやっぱりね〜、という様子に、逆にみんなが元気付けられました。
大地震の前日かそのくらいの震度5(?)くらいの地震で、専門家がテレビで「これでしばらく宮城沖の大きな地震はないでしょう」って言ったのを聞いて、おかしい、絶対違う、って思ったんだって。川が濁っていたし、鳥の動きが普段と違っていたから、だって。
それで風呂の水をはって、夜中にコンビニで水を買って、避難用リュックを玄関に置いて、翌日出勤。で、地震。その夜もカセットコンロでご飯をたいて知り合いにおにぎりを作ってあげる余裕はあった、と。
その後も夜中に懐中電灯で街の様子を見てあるいたりして、状態を把握。
ネット情報で、みんなが同じことを同時に知り、お店などに集中するより、携帯を持たない彼女は足で稼いだ情報で一歩早く動く事ができ、それがものすごく有効だった、と。
ガソリンを求める行列に横入りする人に注意をして活を入れたり、
知り合いのうちにコンロと水をもって、出張炊き出ししたり。
本当に、すごいな〜と思いました。
自分にとっては、
平常心を保つのにどうしたらいい?っていう問題です。
平常心が無かったら、もうなんもならんです。
というか普段からの練習というのか、いつもそうしてる、っていうのかそういうのが大事だな、と思いました。
すぐに我を忘れちゃうからな〜私なんか。で、人と比べて全然ダメな部分でも、自分としては前よりはましになったな、っていうように自分をほめながら、少しでもましにしていくしかないね。自分がどういうダメさかとちゃんと自覚して。(これがつらいから進展しないわけですが)
ちゃんと自分で考えて、ちゃんと仕事してれば、ちゃんと生きてるってことですね。
原発のことを読んだり聞いたりしている中で、福島第一は、自分で一から考えたものでなく、GEで設計されたものを受け取って使っているという割合が大きかったというのがあり、いざという事態になった時に現場の知恵みたいのが機能しようがなかったというような意見があり、考えさせられた。(製本の時、自分がやったことしか本当にはわかんないな、と常々思っている。)
被曝ってどういうことなの、とか放射線って何、と知って行くことが大事だ。
と思う。そう、仙台のMさんに言った。
「それはそうだと思うけど、もし知って不安になるだけで判断や行動が鈍るようなことがあるなら知ったって無意味」というのが彼女の答え。
そうとうな勉強をして専門家級に理解をしないと無意味どころか、逆に自分の首をしめることになる。しかし、やっぱり私は知りたいんだな。そういう生半可さが業なんだろうな、私の。