カッターの使い方
今度の本「
手づくり製本の本」で基本技術のコツを説明したのだが、なかなか書き尽くせないし、意外に写真がはっきりしないところがあって、思っていたよりわかりにくいかもしれない。
同じ本に出てる赤井さんが、最近
指を切った話を書かれていて、あらためて安全対策を書いた方がいいかな、とちょっと思った。
赤井さんのところに書き込ませてもらったのは以下のような感じ。
「安全対策大事です。私も自分の教室を始めた直後に大きく指を切ってしまい、いろいろの対策を考えました。特にボール紙をどう切るか、また、切ってもらうか、は課題でした。
切り込むにつれて、刃が嵌ってしまい動かすのに力が必要になるのがこまる、ので薄い刃がいい、という考えで、私はNTのPRO H-1を使うことにしました。これは0.25ミリの刃厚。(一般的なカッターは0.38、大型のものは0.45)
それでもずっと定規を押さえて切り続けるのはつら過ぎます。左手の力がもちません。
そこで、定規は切り込みを入れる時だけつかうことにしました。普通の紙を切る要領で2〜3回切り込み、そこで定規を外します。
あとは、フリーハンドで切るのです。カッターはしっかり握る持ち方に変えます。カッターの刃が垂直になってることを意識して、切ります。刃がすーっと、止まらないくらいまでしか力を入れないように。力を入れすぎるとすぐに刃がつっかえて止まります。止まるとまた動かすのにすごく力を入れなければなりません。しかも止まったところには刃先が嵌るくぼみができてしまってるので、またそこに嵌ってしまいがち。
左手は定規があった時と同じ場所を押さえるのではなく、向こう側を押さえます。カッターの動くのと逆の方を押さえるということ。カッターの向こうに左手があるので、左手を切るおそれがかなり少なくなります。(最初に刃を入れる時は仕方ないですが。)
これでかなり楽に切れます。慣れれば。
カッターの刃の厚さなどについては好みの別れるところだと思います。同じ上のような切り方でも0.45の刃厚の方がカッターが安定して切りやすいという方もいらっしゃるし、私もはじめは0.25にこだわってましたが、普通のカッター0.38で十分な気もしています。ただ、ストッパー無しのもの(刃を持ってひっぱると刃がでてきてしまうもの)はボール紙の場合は適しません。」
上記はボール紙のカットについて。
他に私の今のカッターの安全対策としては、
1、ステンレスの定規と同じ厚さのプラスチック板などをステンレス定規に接ぎ貼りして使うといもの。セロテープなどで両面から貼るのだが、こうすると押さえる面積を増やせるのでよい。
2、土手を貼る。使ってる定規のへりに10ミリ×10ミリなどの木の棒を貼る。
これを乗り越えて来る刃はそうそうない。
といいつつも、2、についてはカッターの刃のあて方が間違ってると全く有効ではないので注意が必要。間違った刃のあて方、とはどういうことか、というと、

ということ。
私が思ってるこの「基本」が、わかりづらいのではないかと思う。というのは厚みの厚い定規などを使ってカッターで切る、ということが普通なかなか無いから。(私に限って言えばよくあることなのだが。)
で、×の方の刃のあて方をすれば、上のように土手を付けてもかえって危険になってしまう。刃の上の方が、木の棒の上の方にひっかかって木を乗り越えてしまうから。
というわけで、説明むずかしい。(動画があるとまだいいのかも知れないが、やり方がよくわからなくて・・・)
2012年1月25日 本の場
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構造動作トレーニング他
今年もあと3日ちょっと。
この間の日曜はほぼ月一で行ってる構造動作セミナー(第19回、自分の14回目)。
今回は「基礎」講座。文字通り、股関節の動く感じを味わうところから。また、久しぶりにゆっくり走りをやっていただいてよかった。
いずれにせよ、よくわかってないことがよくわかった。背骨痛になってるのは、股関節で曲がろうというつもりなだけで、股関節が動いてないのに無理して前に行こうとして背骨で曲がっちゃって痛めてるのだし、ゆっくり走りでは、終了後に体がゆるんだ感じがないのは、動きが違うわけだし。
もう少しよく自分を観察しないとほんとだめだな、と思いました。
座った状態での、股関節を使ってのおじぎ運動で、座骨結節の動きを触りながら、股関節の回転を感じること。足指の握りと腹圧の練習。
これをちゃんとやる。開脚とか股割とか、格好つけずに。全然それどころじゃあなく動いてないからね、自分。
あと、ゆっくり走りは面白いから続けてるのだけど、足首を固めてしまっているらしい。足首を柔らかく使う、どういうことなんだ〜。おいおいわかっていく予定。(うちの製本教室で、カッター使うとき、力を入れないように、って言うんだけど、な〜かなか力が抜けないの、みんな。力を抜いてください!って言われてるみんなの気持ち、わかるよ。あ〜。)
太極拳やってるかたへ、
中島先生がちょっと説明してるのを横で見て、それがな〜るほど〜という感じだった。立って股関節から曲がって前傾になった状態から、膝を曲げることで体を立てると、まーぶー(馬歩)というのか、太極拳の基本の立つ型になる、と。
月曜はヒッポの友人(石巻出身)の、写真を送るボランティアに息子と参加した。
行ってみるまでどういうことをするのかよくわからなかったのだが、カメラマンが現地へ行って撮影した写真(スタジオで撮った白バックの肖像写真)を額に入れる、そして写っている方に手紙を書いて、同封して、贈る、というもの。
写真で出逢った、知らない方に手紙を書く、という体験が新鮮だった。息子(小1)は写真からそのまま顔の絵を描いていた。何を書いたらいいのかわからないのだが、「3月11日そのときどうしていたとか、自分はどういう人で、とか、そういうことを書いたら」と、中学生の書いた手紙を例として見せてもらったりしてアドバイスされながら、なんとか書いた。
なんとなくいい事のような気がする。わからないけどね。
自分の作業は教室展図録。型は決まったが、ケースが意外と手こずる。クリアファイルを改造してミシンで縫うのだが、大分以前にも似た仕様のものを作ったことがあるのに、ミシンなれしてないので、糸や針の太さの選択や、位置のキープの仕方のまずさのため、うまくいかず、作業の流れを決めるのに大分時間がかかってしまう。微妙なサイズの違いで本が気持ちよく収まるかどうかも変わるので最終的な寸法のジグを作るのも手間取る。
本の表紙の貼り合わせも結構な手間。


ああ、趣味でやってる感じ。好きじゃなきゃできないよね〜、と言われてしまうだろうな。1月中全冊完成を目指します。
てなことしながら残りの日の2日分くらいは大掃除しよう。掃除というよりは整理。
元旦に少しは素敵なリビング、な感じにしたいよ。(折角設計してもらったのに、ね。)
図書館から借りた本は、「怒らないこと2」(アルボムッレ・スマナサーラ著 サンガ刊)と「連塾 方法日本1 神仏たちの秘密」(松岡正剛著 春秋社刊)。読めるかな。前週に借りた、川田順造著の二冊も延長して年越し、だし。
2011年12月28日 本の場
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やっと来た本、今週やったこと
今週は年賀状を片付け、図録(2010年の教室展の図録です。間違いじゃなくて2010年です。来年売ります。二年越しの事後処理。)の完成形がようやく見えた。遅いながらも少しずつ進んでいる。
こんな感じ。
それから、11月頭に出ていた「手で作る本」の台湾版「書・本作 山崎曜的製本書」がようやく手元に送られてきた。
左が台湾版。いろいろ違うところがあって面白い。ネットの画像で見ていてはわからなかったが、まず判型。もとの本はB5変形(?)の220×150ミリ。台湾版は230×170。左右の比率が変わるので写真のレイアウトが苦しいところが何カ所か。
表紙はマットなppになっていて、写真と字がバーコ印刷でキラっと盛り上がってる。本文の紙も上質紙で写真は黄色がかぶって、少し沈んだ感じで、シンプル(簡素)な雰囲気を狙ってるのかな。多分。
見返しが水色から濃い黄色(特色で両面刷ってる!)に変わってるのも印象的。
全体的に、文化が変わるとこういうふうに読み替えるのか〜と(もしかしたら穿ちすぎ?)思った。
わからないのは、文字ページの刷り色が、ランダムにセピアになったり、スミになったりするところ。日本のマンガ誌が紙色も刷り色も変わるのと同じ?(あれはなんでなの?なんか前に理由を聞いた気がするけど忘れた)
読んでる本は、
「聲」(川田順造著 筑摩書房)。ヒッポにも深くかかわられている
藤村靖先生が、ローマンヤコブソンの翻訳をしてる本が参考文献にでてきたりする。
ヒッポで二十数カ国の言葉を聞いていると、本当にいろんな音がある。著者はアフリカのブルキナファソでフィールドワークをしてきた人。ヒッポにはスワヒリ語があるけど、ブルキナファソの「モシ語」は違う系統の言葉らしい。ものすごく豊な音の世界が人間の言葉にはあるらしいな〜と思うと、ヒッポで音をまねするのがますます興味深くなる。
同じ著者の
「もう一つの日本への旅」(中央公論社)。この中には、ブルキナファソの種まきのようす(「折り畳みナイフ型」と著者が呼ぶ深い前屈。これは、
骨盤おこしの中村先生が言ってる、「携帯電話を折り畳むように」というのと同じだ。)と、日本の田植えで、背骨を曲げてる写真が対比されてでてくる。この写真は前に中村先生に見せたが、また見たくなって図書館で再び借りてます。
太極拳の忘年会では、隣に座った気功のo先生にアルコールの危険さを解かれながらビールを飲んだ。酒は百薬の長、の長、は優れてるっていう意味じゃなくて、人間の歴史上一番はじめに薬と認められたもの、という意味だそう。長老、ってことね。人によってアルコールの処理能力がちがうけど、まあ一日20ccが適量だって。それも養命酒の濃度(20度位?)で。最近飲む量が減っている私は、「それで健康診断の数値がよくなったんだ〜!」と応じました。
目下の問題は、背骨痛。前述「日本の田植え」な背骨の曲げ方が関係あると思ってる。
2011年12月22日 本の場
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いろいろの技法のことなど
この間の日曜は池袋コミュニティカレッジでの、金箔の講習に参加した。製本での金箔の技法。本の
小口に金をつけることと、装飾やタイトルを入れるための金箔押しの、両方実際にやって解説する、という大変なことを、まとめてやってくれる、というとても濃い授業。中村美奈子先生本当にありがとうございます。
小口の金付けは、ゼラチン方式のを大分前に教えてもらって、試みていて、最近は大分つくようになってきた。(プロとして仕事を受けられるレベルではない。)
今回のは卵白を使ったもの。こちらの方もまたいろいろためしてみたい。
こういうことは、見てるとできる気がするのだが、実際やってみると難しい。ゼラチンの時も、直後は割にできていたのだが、しばらくやらなかったら段取りがあやふやになったり、迷いの森に入ったみたいになって、やっとそこから脱出しつつある感じがこのごろ。
大丈夫、と思えるまでに大分かかるし、そうなったからといって安心はできない。
また、去年(かな?)
headbands how to work them、という
花ぎれの技法だけの本を手に入れたこともあり、(この本、「手で作る本」の参考文献にも載せてるのだが、その時は人に借りて、参考にしてました。私のこのいいかげんさ。。。)ちょっと違った花ぎれを編みたがる生徒さんが出て来てしまって、こたえられてない自分。。。
コプト風、ギリシャ風、フランス風、イスラム風、などなど。
こういういろいろなもの(小口金付け、種々の花ぎれ)が手近に手に入れられるのは、各国の料理が食べられる「東京」な感じ。(ネットならば、世界どこでもそういう環境になってきたんだろう)
だけど、それを培ってきた文化背景はない。ないのだが、異文化への興味津々さはある。小口金も花ぎれも、単純に言ってきれいなんものだし、それぞれのヴァリエーションも楽しい。
修復や再現をするわけではない私は、その要素を自分のやってることに取り入れて、アレンジを面白くする。
ブーツや帽子、冬のヨーロッパに行ったら必需品、とうちの生徒さんの一人が言っていた。そして、日本じゃファッション、なんだけどね、と付け加える。まあ、東京くらいだと、冬は履いたらあったかいから、不要とまでは言えないが、生活の必要に迫られてあるもの、ではない。
が、それを一刀両断にばかばかしい、とも言い切れない。
欲しくなっちゃうことに、人間の本能を感じる。
自分のやってることも、そうやって人間の本能をくすぐってることなんだろう。
先月取材を受けた本の校正がほぼ終了。
もうアマゾンにでていた。「
手づくりの製本の本」というタイトルらしい。そして「ムック」という分類になってた。本当にスピーディに作業が進むものだ。
2011年12月 8日 本の場
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第19回構造動作トレーング東京セミナー(私の多分13回目)
昨日は、股割チャレンジセミナーに参加。
DVDや
本が出て、当然それを見たり読んだりしての参加ということになったけど、自分としてはそれは「確認」な感じ。やはり現場でみんなと一緒にやってやると発見がある。そして、なんといっても先生に実際に足持ってもらってこのくらい外旋、というのをやってもらうと、へーっこんなにーー!ってまた驚く。自分判断で積み重ねてると随分違う感じになってる。
ゆっくり走りだけは、ならすと2日に1回いかないかもしれないけど、まあ、継続していて、やっとこのところ終わったあとに弾む感じというのが、感じられるようになってきていた。股割はたいして練習してないのもあって進展ないのだが、今回のセミナーでは股関節に刺激が入ってる感じというのは味わえるようになってきた。ゆっくり走りも、立位体前屈も、股割も体づかいは同じ、というかどれも前に進む運動なんだな、と思う。
「硬いからできない、ってまだ思ってるんだよ、山崎さんも」と中村先生からの指摘が入る。
この構造動作トレーニングは、人体の一番大きな、そして可動範囲の広い、股関節を動かして、運動できるようになりましょう、というもの。
骨や筋肉の「構造」からみて合理的な動きは、そう、であるはず。
に対して現代人はあまりに違う動きをしている。不自由きわまりなし。なぜそうなってしまったのかは複雑な要因がからみあってる。だから合理的なポジションを自分の力で体に復活させようというトレーニング。
人体の構造から言って「こう」なはず、なのにそう動けない。構造から見てそう動くはずなのだから、本来誰にでもできる。できない、のは、「強力な思い込み」があるからだ、と毎回のように先生に指摘される。ここの扉は開かないようになってる、っておもってると、扉の存在すら気にならなくなって、壁と同じになってる、ということなんだろう。よく観察して、感じて、不屈の根性で乗り越える、ってことだね。
さて今回はもう一つ楽しいことがあった。
先生に著書の改装をプレゼントしたことだ。
網代とじの折丁を残したまま糸とじに改装という試みだが、結構いいのではないか。開きもこんな感じ。(使い込んでもらってどういう不備があるかをコメントしてもらおう。あと、しおり紐つけなかったんだけど有った方が便利ですよね。来月のセミナーの時にでももってきていただいて、つけようと思います。)
丈夫なリネンのクロスにして、もとの表紙のイラスト(これぞ股割!先生の奥様、よし子先生!)をプリントゴッコで入れ、もとの本のイメージの黄色の紙のスリップケースに入れた。
2011年11月28日 本の場
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試行中
骨盤おこしの先生の初著書を改装中。
頼まれたわけではなく、普通のソフトカバーの無線綴じ(あじろとじ)のものを簡単に糸とじのハードカバーにできないか、と思って、実験。(なんのために改装するかっていうと、一言でいうと本の開きを良くするため。普通のソフトカバー=並製本の本って開きが悪いので手で持ってないと読めないのを糸とじになおして改善しようっていうわけ。)
無線とじの本は1枚にばらして、薄い丈夫な紙でつなぎ合わせて二つ折りにできるようにして、16ページの折丁を構成して、とじなおす、という書くだけでも手間がわかるようなことをするのが、常となっている。
が、あじろとじの場合、結構背の面まで紙が残っていて(つまり16ページの折丁はなんとか原型をとどめている)、これをわざわざ切り離して一枚一枚にしちゃうのがもったえないな〜、って思っていた。
残ってる紙をのこし、背の糊(ホットメルト)をはずしながら、ペーパーナイフで切り開くようにして折丁ごとにはずしていくと、折丁を保ったままばらせたので、そのまま、普通に目引きして、とじなおしてみた。


けっこういいんじゃないか。
花ぎれも、単純ながら手編みして、さて、今日仕上げる。
どうなるかな。
このところの撮影などのこともあって、特に「切る」作業を見直した。で、定規をいくつか考えた。もちろん、自分の役にはたつのだが、だからどうした、的なものではある。
でも、多分、考えるのが面白いのであって、それでいいんだ、とある程度割り切ってる。
左は30センチのステンレス尺に同じ厚さの樹脂版をセロテープで貼ったもの。押さえる面積が増えるので、定規がずれにくい。
右は0.4ミリの紙をぴったり二つ折りにして直角を作り、できた辺にぴったりステンレス尺を両面テープではったもの。3角定規なしで、直角が使える。
できる範囲でよく考えて、やる、というのが楽しい。そしてそれはものが売れなくなる方向性であることが多いような。いらないものを作ったり買ったりするのってよくないよな、と思う気分にはあってる。
2011年11月22日 本の場
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台湾版はもう出たようだ
「書‧手作 山崎曜的製本書」っていうのが、繁体中国語版のタイトル。まだ手元にはないのだが、画像は見られる。早く入手して中国、台湾の友人に見せてみたい。
昨日は一日中原稿のチェック。この間撮影した本の原稿です。取材のライターさんが作業手順を説明してくれている文を読んでます。
手順の説明は何度書いても、うーん・・・
こうだな!とすっきりした解決に至りません。
誤解をなくそうとすると、長くなってかえってわかりにくくになりそうだし、
簡潔かつわかりやすい説明文、という理想型はありそうでいて、遠い感じがする。
先週は昨年の教室展の図録(というか記録)がやっと刷り上がって、あとはこれに私が表紙をつければ完成できるというところに来ました。壁紙だの、色つきの寒冷紗だの、ステイプラも使ったりと、さんざん試作して、結局収まるところに収まった、という感じの決定案がほぼ確定。かわいい花柄と水色、と、らしすぎる(?)ところに落ち着きました。まだ試作なので画像はお待ちくださいね。
2011年11月15日 本の場
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撮影
昨日は、教室で撮影だった。
製本家3人と豆本作家、文房具作家、コラージュ作家に、それぞれの手作り本を取材した本。来年1月から2月に誠文堂新光社から出る予定。
こんなようなものになるらしい(これは取材していただいてるライターさんの前作)
それぞれの作家のもの作りについての気持ちなどを紹介しつつ、読者がちょっと作れそうかも、と思うようなものも紹介するというこことで、昨日は撮影用ワークショップ。
ネタの面白さというより、カッターの使い方とかメインなワークショップにしてみたのだが、どんなものだろうか。。。。
自分のおすすめと、編集者そして読者の求めてるものは違っているわけで、
その接点を探るわけではあるが、どんなものだろうかな〜。。
で、ワークショップの仕込みの最中に、例によって、新しい方法を思いつく。
型紙を使ったカット。
本つくるとき、仕上げ断ちが、問題となる。市販の本は大きな断裁機できれいに切られているので、それを見慣れてると、手作りの本がどうにも収まりの悪いものに思えてしまう。そこで、とじる前にページになる紙を仕上げ断ちしておいてから、よく揃えてとじる、ということをする。そのためには、沢山ある紙を同じサイズに切らねばならない。
それを型紙を使って行おう、というわけ。
くわしくは本をお楽しみに。
(といってもどこまで紹介できるのか、まだわかんないけど。一言でいうと、型紙の上にステンレスの定規を貼ってしまう、というのがミソです。)
あと、教室や本たちもずいぶん撮影されて、どのくらい載るのかはわからないですけど、楽しみ。
2011年11月 7日 本の場
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逆目の本の修理
先週は、昭和初期の本のリフォームを納品した。専門用語だらけで書いてみる。
本文、扉などすべて逆目で、さらに抜き綴じなので、背から破損してしまっていた。
折丁にばらして、乱れた背側の折れをプレスで直す。
足をつけるのは、つけられる相手の紙の方も水分をやって伸ばした状態で行って、板の間でゆっくり乾かす。こうすることでのど側の紙の波うちを防ぐ事ができた。丸みだし前の仮固めはせず、そのまま丸みをだし、バッケ板で締めただけで、ハンマーでたたかずに、背固め。
よく読む本、ということなので、開きはよくしたい。花ぎれは3段編みだが、芯を麻ひもの表面をボンドで固めただけの可動のあるものにし、折丁の真ん中に糸をさすようにして、背の動きとよく連動して動くように。
気軽に手にとれる丈夫なリネンのクロスにプリントゴッコ(いよいよ製造中止ですねサプライも)でタイトル。

箱は簡単で軽い感じの折り箱。

少しずつだけど、リフォームの時の自分の型みたいのができていってる感じがする。
2011年10月31日 本の場
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和装本のアレンジ
今週は久々に取材があった。製本家やデザイナーの作品や考えを紹介しながら、それぞれに簡単な本の作り方も写真で工程を載せるというもの。
知り合いの製本をやる人たちも何人か取材されていて、デザイナーの方の本作りもいろいろ工夫がありそうで、楽しみな本になりそう。
私は、和装本の本も共著で出してるせいなのか、なんとなく和本風のものをということになり、寝かせていたネタとでもいうものを撮影してもらった。
かな書道用のうすい半紙にB5横書きの原稿用紙を挟んでとじるというもの。
(こういう時のネタは、どうしても、ノート的なものになる。和本(袋とじ)は本来「本」なのでノートに適さないのだが、極力ひろげやすいものをと考えてアレンジしてみた。)
来月もう一回取材があり、その時は、実際にワークショップをやってもらいながら撮影する。その時は折帖をやることにしている。
ワークショップなどで作業してもらうと、カッターの使い方や、寸法の測り方が難しいことがわかるので、そこがわかりやすい写真と説明ができれば、と編集の方と話した。実は「製本のネタ」自体よりもこういうことの方が今は興味があるので、うれしい。(昔に比べたら自分自身も随分簡単に作業できるようになった。その辺を紹介したい、というわけだ。紙定規を使ったり、木の棒を使ったり、寄せ盤を使ったり、ということだが。)
それから「手で作る本」の繁体中国語版(台湾、積木出版)が、月末に出る。ジャケットや奥付がPDFで送られてきた。タイトルは「書‧手作 山崎曜的製本書」。「書」はグーグルで日本語に翻訳すると「ブック」と出た。そういうニュアンスなのかな。奥付を見ると香港やクアラルンプルにも関係する発行所がある。繁体の中国語を使っているエリアなんだろう。
マレーシア(ボルネオ)に3年前にホームステイした時、ホスト(60代)が今の小学校は漢字を嫌いにさせるような教育をしてる、と嘆いていて、(多分、簡体を教えてる様子を)ラーメンの麺も顔面の面もみんな「面」だから笑っちゃう、みたいなことを言っていたのを思い出す。
海外で自分の著書が翻訳されるなんてことになるとはびっくり、で、うれしい。けれども著書ってもう自分から離れて、勝手に一人歩きしてる別物な感じもすごくする。いずれにせよ、売れるといいけど。
2011年10月20日 本の場
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集中講義
先週は、茨城大学(教育学部)で、4日間の集中講義だった。学生時代の友人からの依頼でのものなのだが、4年前にはじめてやり、今回は2回目。(先週は、その他、教室の耐震工事やら、小学校に泊まるイベント「オヤジキャンプ」などあってばたばたでした。。。。)
前回は、「紙の目実験」と称して、ボール紙の両面に紙を貼って反りを見る、というのを何種類も(表の紙、裏の紙、芯の紙の目の方向の組み合わせ)やったりして、かなりマニアックな内容+クーラーの無い8月の講義室、という条件で、学生がへろへろだった。終わった後貼ったボール紙を持ってきて「これ、捨てていいですか?」と言った学生の反応が印象に残った。(自分で作ったサンプルは自分の教室で今もとても役立ってるんだけど、普通は不要品以外の何ものでもないよ。。。確かに。)
今回はもう少し全体的に製本や紙を扱った作業を体験して、上手にこなすにはどういう手段があるのかという、実用的に役に立つことを目指した。それと出来上がったものがそれなりに使える方がいいな、と。(これ捨てていいですか、ってはやっぱり言われたくない。。。)
1、蛇腹折りの本(折帖)
2、基本的にそれと同じ造りで普通の開き方の本
3、一折り中とじの本3種類(三つ目とじ、それの応用、ステッチ中とじ)
4、葉書サイズの紙に足と枕をつけてとじたものに角背ハードカバーをつける
5、自著(もっと自由に!手で作る本と箱)の未とじ本を本かがりでとじて、丸背の薄表紙の上製本に
6、その差し込み箱
というような順序でやってみた。写真左から。(今、使いたい色優先、ってクロスなどを選んだら、めちゃ渋な色選びに。。うう。)
さんざん紙定規と幅定規を使って、ひたすら紙のカット、カット、カット。
2冊の自著の中の基本技法のところに書いたことが中心だが、
その後に、カット用の幅定規の作り方や、紙定規の技がより展開したので、作業自体はすごく楽になった。そこも盛り込んで。
製本作業がはじめての人にはなかなか理解がむずかしいのだが、ちょっと自分でやってみたことがある、という人には、「目からうろこでした」と言われることが多い。
そしてこれは、文章と図で説明すると本当にややこしくてわかりにくくなる。実際やってるのを見ながら、自分でもやってみると、「な〜んだ、そいういうこと!」っていう感じで理解できる。そうなんない場合は、「えっ?今どうやったの?もう一回!!」ってなるけど。
このあたりのことは私の本、
を見てみてください。
難しいのは糊と刷毛だ。
ボンド(今回は主として木工用ボンド、必要な部分に
SP210N)とでんぷん糊(今回はフエキ糊)とを混ぜて使うことが多い。
刷毛は塗ったり、混ぜたり、(付きすぎたのを)取ったり、といろいろに使えるとても優れた道具なのだが、使いこなすのには、それなりの熟練が必要。
スポンジ刷毛やらペンキを塗るようなローラーならば、慣れてない方にも随分と作業がやさしい。糊は専用のものならとても使いいい。スポンジもローラーも刷毛より工業的に大量に作るのに適してる形だと思う。そしてそれ用に調整された糊を用いれば作業は楽。
(刷毛はちゃんと作られたものでないと、使いにくい。
職人がちゃんと作ったものはとても使いやすい。どんな糊の状態でも、水を混ぜたりして使いやすい状態にできるし、作業内容の変化にも応用範囲が広い。ローラーやスポンジ刷毛より私は刷毛の方がいい、と思うが、いつも考えさせられる。)
60人越えの学生達。仕上がりは。。。
何か一つでも「これ使える!」ってことがあれば万歳!って思います。
2011年10月 3日 本の場
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8月は教室お休みです
たいへんご無沙汰となってしまいました。
また、ぼちぼちと書いていこうと思います。
8月は毎年教室はお休みにしてます。(2階で屋根の照り返しがすごくて、お休みにしていてよかった、と今年は特に思います。)9月の教室空き状況は近々アップします。
原発をはじめ、いろいろな時事問題について、書きたくない、書くのに自信がない、みたいなことで、ブログから遠ざかっていたわけですね。
なさけない自分を自覚しつつ、そう思ったってそれだけでは全く意味がないので、
うっちゃっておいて、
とりあえず言えることは言って。
去年の「手で作る本の教室展」2の図録、本当にぼちぼち進行中なんですが、やっと製本の仕様が決まり、進められるようになってきました。印刷が出来てくるのが楽しみです。
2011年7月30日 本の場
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節目
子供が小学1年生になった。
子供は確実に一つ上のステージというのか、立場が変わる。
こちらの時間使いもそれにつれて変わる。(もう、朝、送っていかなくてよい、とか)
そして、時代も変わる。
電子書籍が進化していって、自分の教室の意味も変わっていく。
(原発)震災で、自分の仕事の意味をもっと考えなきゃなと思った。まあ、実際は淡々と本のリフォームをしたり、作り方を教えたり、というのは変わらないのであるが。
そして、意外にまだまだ、求められている、と感じられる。
製本をはじめて以来、いっしょうけんめいキャッチーな作例を、と作ってきた。考えてみれば、それは予備校生だったころや、それ以前の何か美術系のことで生きて行こうと思った時からずっとだ。ともかく、作品がいかに目立つかということだったな〜と思う。
深く考えるまでもなく、いかに目立つか。(このごろは、それはもういいよ〜、と少しは思うようになった)
最近の自分の教室では何が求められているか。
このところ感じるのは、どうしたらカッターで紙をまっすぐ切れるのかとか、いわゆる「基礎」みたいなこと。自分で考えて自分できっちり作れる、ということのための。
先週はたまたま3レッスン続けて、カッターでのカットがいつも曲がっちゃうのを直したい、という要望があった。いままでもよく説明して来たつもりだったけど、自分のやり方の手の動きの形を説明しているにすぎなかったというのがちょっとした発見だった。形を教えすぎると、習ってる方はその形をまねしようとしすぎてしまい、なんでその形になったのか、ってところが伝わらない。
結果として、教える前よりも悪い結果がでたりする。
求められているものをよーく見ないとな、と思いました。
カッターの切り方はひとりひとり癖があるので、よくそれを見た上で、指摘し、
「いままでこういう感じの切り方はしたことがなかったな〜そこがポイントか〜、」
っていうようなことを味わってもらうのがよい。
ただ形を直してください、っていうのだと伝わらない。
7月にある大学の授業でも、作業全般の基礎を、という要望がある。
「教える」ということに関してはそこらへんを充実させよう。
2011年4月11日 本の場
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今週の教室は、寄附にします
震災と原発で頭と心をやられて、元気がでなく、今週の予定だった韓国行きをとりやめました。かわりに、というかお休みにしていた教室をあけて,
今週の売り上げを、日本赤十字の東北関東大震災義援金に寄附しようと思います。
24日(木)が13時〜15時半、16時〜18時半
25日(金)が9時半〜12時、13時〜15時半、16時〜18時半
26日(土)が9時半〜12時、13時〜15時半、16時〜18時半
今週は、1回一律4500円とします。予約は
こちらから。
東京はみんな暗いです。先週の教室で、聞いた感じ。仕事で京都や名古屋に行ってきた人。向こうは全く変わりのない日常があって、コンビニの棚がいっぱいなのに感動した、と。
また、東京で仕事してる人達の感想は、「自分のやってる仕事って、災害に苦しんでる人になんの役にもたたないことだな」と思って暗くなる、町も節電で暗いし。とか。ボランティアで復興支援をする人は元気だけど、とか。
私も外出する気力なく、24日から行くはずだった韓国のホームステイをキャンセルしました。
「行けばいいのに」「向こうでも放射能気にするだろうから、それでいいんじゃない?。」などいろいろの反応だったけど、自分がどうにもこっちのことが心配になってしまいそうで、とても行く気力を保てなくて仕方ない結論と思います。(ほんと自分、情けない)
で、放射能汚染、本当に恐ろしい。(放射性物質による汚染、放射線そのもの、放射能、言葉をちゃんと分別して理解してすらいないから、より怖いのかもしれない。毒物だったら、致死量がいくらで、とかなんとなく自分で効き目(?)を測れる感覚があるけど、そうではなく、被曝すること、放射性物質を体内に取り込んでしまうこと。そこからまた、放射線がでる、それが細胞を破壊する、などなど・・・ともかく疑問がいっぱい。)
それ以上に怖いのは、例えばそれで町にパニックが起きたとしたら、東京は最悪に逃げられないな〜と思ったこと。地震の夜に生徒さんを送ろうとして車で甲州街道に出た時思った。車道は車で動かない。歩道は人でいっぱい。あと、駅も怖い。人で充満した駅。(もともと、エレベータにはまず乗らない、電車は便利で混んでるところじゃなくて、どこでもいいから空いてるところを選んで乗る方なんで、ますます。)
で、今週は韓国行きで教室がお休みのはずだったけど、教室をやって、その売り上げを災害のための寄附にしようと思います。
きのうは、大船渡で震災にあった弟からはじめてメールがありました。
奥さんとともに元気なのにはほっとしますが、会社の回復とか大変そうです。
何も出来ない人は、元気をだして、という言葉をどこかで読みました。
元気が出るためには、「誰かのためになってる」という気持ちが必要なんです。
というわけで、誰かのためでなく、自分のために、今週の教室をします。
力になれないけれど、何かしないと自分が全然だめなんで。
2011年3月21日 本の場
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教室整理すすむ
教室の合間や、時間中にも少しずつ、整理をすすめています。
入りたての方から「先生の動きがとても多い教室」と指摘され、以前はそのことを「いいこと」のように思っていたんですが、実は、私しか収納場所がわかっていない道具や、私しか使い方のわかっていないものが放置されていたのです。私の部屋に遊びに来てもらってる、って感じではよいのですが、やっぱ、教室だからそれはまずい、とやっと気づき始めたところ。
生徒さんの誰もが、自分でとりだせ、自分で使いこなす、というごく当たり前の事ができてなかった、っていうこと。反省して、引き出しの表や、棚に、何が入っているかを、種類別に色分けして、表示することから進めています。
そして、最近、自宅で家族には評判わるい私です。
「皮肉が多くなった」「言い方が人の気持ちを逆撫でする」「自分を棚にあげ、きびしい」などなど。
断捨離の本を読んでる、生徒さんによると、自分が整理をしだすとそういう症状(つまり、人にも片付けてほしいと思って、なにかと気になり、口うるさくなったりする)になるようです。で、さらに整理が進んでいくと、人のことは気にならなくなる、とのこと。
うまくそこまで行けるといいな、と思います。
2011年2月14日 本の場
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香港から
一昨日、去年からさみだれ的にやっていた仕事やっと納品。しかしまだ完納ではなく、途中のものが2冊残っている。製本という計画性が当然求められる仕事をしているにもかかわらず、そのあたりの能力が鍛えられていない。
というわけで、年末からずっと、(私としては)緊張感あふれる仕事具合だった。主婦をしながら自営で働いてる方達っていつもこんな感じなんだろうな。私の場合、多分、普通の女の方達より料理の頻度が低いのと、教室がメインな仕事なので、「〆切」のある仕事の割合は低い、という感じで、そんなに厳しくはない気はするが。
そんな中、先週うれしいことがあった。
去年の年末に香港の人から、1月に日本に旅行するんだけど、その期間にレッスンを受けたい、とメールがあって、OKしていて、先週レッスンした。向こうの美大の3年生のTさん。
ちょっと日本語でてきにくいけど、ずっと勉強してるとのことで、レッスンには全然こまらなかった。普段は英語と広東語だそう。私はヒッポで聞いてる広東語で、チョーシーキンミン(はじめまして)、とかワーギューサンチーヤウ(私は山崎曜です、名前の言い方がわかんないのでそこは北京語で)、とか言ってみた・・・反応は・・・
で、なんと、香港では私の本(「手で作る本」と「もっと自由に!手で作る本と箱」)は人気だそうです(どのくらいのレベルで人気なのかわかんないけど)。おどろきます。自分の知らないところで。
香港は中国本土(?)と違って、使っている文字も台湾と同じ繁体。だから台湾で出る本も多く買うとのこと。そしてとても日本をチェックしてるんだって。(chasing、という英語を使っていた。)そして台湾でも日本の雑貨とかデザインとかは人気らしく、豆本の赤井都さんの本も台湾版がでたりしてるし。Tさんこれももちろん買ってもっているそうです。お土産に彼女のフェイスブックのアドレスの入った豆本ペンダントもらいました。
ちょうどフェイスブックも登録だけはしたとこだったので、まずは見てみようと思います。
(それにしても次々と新たなコミュニケーションの仕組みができてくるので、わからないままいじってる「おっさん」として、適度につきあっていこうと思うが。)
2011年1月19日 本の場
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遅ればせながら、今年もよろしくお願いします
今年は曜日の配列のせいで、短いお正月休みだった。
と言っても私には関係あるのか、ないのか、そもそも、去年終わらなかった頼まれ仕事を
双方の実家に行って食い倒れている合間を縫って仕上げ、4日に納品、という状態だった。
実は、12月の半ば過ぎに祖母が亡くなり、年賀状はもちろん中止、喪中葉書も作らず、で、今、いただいた年賀状の返信として寒中お見舞いを書いてる最中ということになっている。
今日からは今年の教室もはじまり、普通に緊張感をもったまま、うまくお正月を通り抜けた感じ。(家族には不愉快な顔をされながらも、お正月は結構仕事できました。感謝。教室生徒さんのベテランのデザイナーさんには「自営だと、そうなるわよね〜」といわれました。うむ。その通りです・・・・)
で、まあまあ忙しいのですが、結局一人でマイペースで作っているので、ストレスもそんな無くうれしい状態です。来週も頼まれ仕事を数冊完成せねばならないです。
2011年1月 6日 本の場
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森千章イラスト・手で作るポートフォリオブック展
日程=2011/1/4(火)~ 10(月・祝)
10:00 ~ 22:00 最終日のみ 10:00 ~ 18:00
場所=恵文社一乗寺店ギャラリーアンフェール
http://www.keibunsha-books.com/gallery/index.html
2010年2月に行った十条・リトルコの個展の巡回展です。
手製本と合わせて、イラストを展示致します。
新作もございます。
===============
というイラストレーター森千章さんの展示です。リトルコの時伺いましたが、いろいろなタイプの手作りBOOKがありますよ。楽しいです。
関西方面の方、どうぞ、初詣がてらお出かけください。
新作もあるとのこと。
(それにしても、あの、動物の毛皮はどうなったかな〜・・・・・)
2010年12月29日 本の場
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宮川若葉展、行ってきました
初日の今日、行ってきました。表参道ヒルズ西館(原宿より)の1階、歩道に面したわかりやすい場所です。17日の日曜日までです。
確かに「本」から生まれたものなんだけど、もう完全にオブジェですね。かわいいし、DMの作品は欲しくなったな〜。
本人ともけっこうしゃべれて、「平面作品は大きいし作ってるとせいせいする、360度気をつかわなきゃいけない「本」タイプの作品と違って。」というようなことを言ってました。
多分これからもっと自由度が増していくんじゃないかな、と予感します。
それにしても、時間を積み上げるような、集積された仕事は、やっぱり中身から作っていく本のように、長大な仕事です。その重なりが、存在感を作ってる。
平面作品は奥の壁。
こんな本も。これは本っぽい、かなり。
通りの方は、これ。このオブジェたちが見逃せません。写真が暗くてごめんですが、写真じゃあ、どんなに上手に撮っても伝わりません。
2010年10月12日 本の場
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「製品(または商品)」にするってどういうこと?
私は、美術(どちらかというと工芸?)の作家になろうと思った時期があって、その生き方って、作品が商品になる、っていうことだ。と今思う。
商品にするためには、クリアしなければいけないいろいろなことがあるのは、厳しいに日本の製造業を見ればわかる。製造者の責任や、クレーム対策、ものの完成度をあげる喜び。などなど。
結局、あまり商品をつくらないまま、教室が主なくらしを続けている。
すなおに消費者として、そこまでやってなくてもぜんぜんこまらない、という微に入り細を穿った商品がおおい。実質的にこまらなければいいんじゃないか。要らないことまでやんなくていい、とか思う。しかし、それじゃあ商品にならないことも多い。
革に傷があったからって、なんか困ること、ある?
本の帯がやぶれてたからってなんか困ることある?(いや、その価値観でうごいてると、ブックオフにちゃんとした値段で売れないっていうのは、ある。困る、それは。しかし、自分が読む時は関係ない。)
こういう考えをしてると、「商品」を作る作家な生活に違和感。
不揃いの野菜でかまわない、と思うのは消費者の都合。
かたちがそろっていないと効率的な流通をさせるのが無理なので、という製造者の都合だった。
無駄をすることでなりたってる社会。そんな寒くなくても秋になったらブーツ履きたいのを否定できない。かっこいいってなんだろう。
話は最初から横道に。本当はこの間デパートで販売した、本の形の箱の作ってる途中の写真をアップしてそれについて書かなきゃと思ったのだ。ひそかに商品を作ったのだ。私。
2010年10月 7日 本の場
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本かがりの写真集
今回、自宅で両面に写真をプリントアウトするということで、
ピクラトン局紙を使う、というのが、依頼者の希望。この紙は0.5ミリくらいの厚さがあり、普通の製本をしたのでは、紙が硬すぎてすぐに壊れてしまう、または、開かないで隙間からページを覗く、みたいな本になってしまう。
いろいろな対処法が考えられる。例えば、
1、糊で背を固めるのをやめ、ぐずぐずの状態のまま仕上げる。これは「手で作る本」の中で紹介した、ロングステッチなど。「普通の本」のイメージからはかけ離れたものになる。普通な感じの本にしたいという意向にあわない。
2、本文に脚(薄くて丈夫な紙)をつけ、そこに何らかの枕(厚みをだしたり、とじをするためのパーツ)をつけそこでとじる、というのもある。この場合、脚の貼り代がどこかに見えざるを得ない。両面プリントを活かしたいという意向にあわない。
で、普通にしながら紙の厚みに対処する方法ということでこんなことを考えた。
普段、綴じ糸として使っている麻糸20番を、綴じ緒として、かがり台に張る(製本で、糸で縫う時、普通「綴じ」というのだが、なぜか道具の名称は「かがり台」で、方法の名称も「本綴じ」でなく「本かがり」。この「本」は本格的なとか本当の、といったニュアンスの「本」。ブックって意味ではない。想像するに、いわゆる和本のような平とじのような糸使いは「綴じ」で、中とじのものを「かがる」というのではないかと思う。だから本来、このような場合、綴じ糸はかがり糸がただしくて(これは言う言葉だと思う)、綴じ緒がかがり緒がよいのではと思うが、かがり緒って言う言い方には響き的に違和感。
これでそのまま背をボンドなどで固めれば普通の作り。ここでどうしたか、というと、背に貼る和紙にボンドをしみ込ませて固めておいてから、
本自体の背にはボンドなどをつけずに、和紙の方にだけしっかりボンドをつけて、背に貼り込む。一枚目は綴じ緒をよけて、二枚目は全体に、それぞれの紙の目は逆で。
寒冷紗の役割は和紙がしているのでなし。背ばりの紙も開きを阻害するのでなし。後は普通に製本
各折り丁は折れている頂点でしか接着されていないから、開きは当然いい。さて、後はどのくらい本が崩れるか、だ。
2010年9月28日 本の場
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オブジェな本、展
★宮川若葉展〜オブジェな本とSmile・Smile
2010年10月12日(火)〜17日(日)
12:00〜19:00(最終日17:00)
Gallery80
http://www.gallery80.com/
表参道ヒルズのギャラリーです。
立体としてのオブジェな本と平面作品を展示します。
どうぞ秋の風に吹かれながらお立ち寄り下さいませ。
よろしくお願い致します。
************************************************************
という展示があります。
宮川さんの個展、もう何回目でしょうか。毎回すごく楽しませてもらっています。
本が好きで、本を作るというのはよくあること。宮川さんの場合、本に対するこだわりが人とちょっと違ってると思う。はじめはその辺がよくわからなくて、別に「本」じゃなくて普通にオブジェでいいんじゃない?って思った。
彼女はものすごく読書や映画が好きらしい。日々、ストーリーとしての言葉がいっぱい頭に入って行ってると思う。にもかかわらず、作品には言葉そのものはない。本なのに。
多分完全に消化されて、写真のような「オブジェな本」になっているんだ。
まあ、そんなこと関係なく、いつもすばらしい作品です。
自分のオリジナルなものを見つけてる人っていいな〜。
2010年9月23日 本の場
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教室展終わりました
昨日まで、あっというまの6日間。だいたいずっと会場に居たのですが、平日でも人が途切れることがほとんどなく、合計の来場者数は1000人を超えました。
ご覧いただいた方ありがとうございます。そして、私が居なかった時に来場された方や私に声を掛けそびれた方、ごめんなさい。
「教室展」と銘打っているので、もっと習作的なものを予想されて来場する方もおおく、そういう方には、それぞれの参加者がしっかりと自分の表現をして丁寧な仕事をしていることに驚きと感動があったようでした。
こんなふうに本のテーブルのあちこちに人の輪ができているのが、うれしい感じでした。作者本人ほか、参加している別の人が手袋をして作品を見せながら、説明をしています。
あまりしばりの無い、うちの教室展。ただ並べただけだと、何を(どこを)作ったのかわかりません。たとえば、市販の本の表紙を取り替えただけなのか、中身の印刷から全部やったのか、それとも中のお話まで書いたのか、ということ。さらに、本ではない箱やオブジェのような作品はどういう意図なのか、とか、いろいろあるので、説明が面倒です。でもその面倒さが、会話を生んでるというか、いい効果になってると思いました。
それは良かったのですが、各作品であんまりいろんなことをやっているので、ちょっと見ただけでは、他の人の作品のことを説明できない、だから、事前のレクチャーをしてくれ、と参加者から意見されました。確かにそこが手薄でした。いつもぎりぎりばたばたなために・・・そういう余裕がなく・・・・先生が一人で抱え込みすぎ、なのがだめ、と(キャプションも適当すぎて、ぼろぼろ・・・)。反省です。次回3年後にいかしたいと思います。
2010年9月20日 本の場
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手で作る本の教室展はじまる
昨日14日午後より、世田谷美術館の区民ギャラリーで展示開始しました。19日(日)まで、
毎日10時から18時。最終日は16時半までです。
みなさんのお越しをお待ちしております。
私、山崎は、今日は夕方少し居るだけですが、あとは19日までずっと会場にいます。よろしくお願いします。
中身からすべて手作り、あるいは市販の本のカスタマイズ、アートよりの作品、伝統工芸的本、など、さまざまなタイプの「手で作る本」が180点あまり。見応えのある内容だと思います。
少し、交通の便がわるいですが、どうぞ、ゆっくり時間をとってみていただけたら、と思います。(同時開催?の世田谷美術館の
ザ・コレクション・ヴィンタートゥールもゴッホとかのすばらしい絵がいろいろあるようですよ。)
2010年9月15日 本の場
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展示とワークショップ
きのう、日本橋三越に作ったものを搬入しました。
本館5階のJスピリッツのエリアで、いつもお世話になってる、NUNOさんの『布の見世』の脇のコーナーです。
という、企画の中の一つです。
実は12日の文庫本改装のワークショップに際して、展示販売もということで、普段売り物のない、自分ですが、大昔の作品や、本の型の箱を作ったりしてみました。お近くに行った際はおたちよりください。
12日のワークショップもまだ空きがあります。そちらもどうぞよろしく。
2010年9月 9日 本の場
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製本について何を書くか
ブログって何をするところ?って考えもなしに、何となく書いて来た。
なんかもう少し、書きようがあるんではないか、と、このごろ思う。
(製本について書き辛いばっかりに、体のことや身辺雑事ばかりになりすぎ。)
自分の製本の特徴はなんだろう。
決まったやり方というのはなく、正しいやり方というのもない。ない、というと大げさだが、
その場その場の状況で、よりよいことは変わる、と、強く思っているということが特徴と言えば特徴か。
というわけで、毎度、いろいろな考えをためす。
で、その作業で考えたことを書いたら、興味のある人には少しは面白いかな、と。
少しずつ、断片を書いていくつもりで新たなスタートをきりたい。
なんとなく書く、っていうことは変わらないかもしれないが。
2010年8月28日 本の場
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構造動作トレーニング(骨盤おこし9回目)
昨日は、この名前になってから3回目の、骨盤おこし。今回は股割チャレンジ。
重心を前に、ということをとても言われた。重心を前において、骨でバランスをとる。
このコツがわからない、のだが。
街で歩いている沢山の人をみても姿勢のいい人はとても少ない。
えにし先生に言わせれば、みんな重心を後ろにおいたまま、動作をするので、筋肉の力でむりやり動くことになるのだそうだ。その結果、どこかを傷めたり、疲れがひどかったり、ということらしい。
まず、重心を前に置く。そして動作とは重心の移動により行うもの。
足首の背屈、膝の屈曲、股関節の屈曲。この3点セットの連動が大事。
これを体重を支える太い骨の一番強度の出る方向で使う。
どのポジションだと無駄な力を使わずに身体を壁についた手にあずけることができるか、
というようなトレーニングによって、把握していく。
四股座り。これもかなり練習しないと難しいとわかった。
今の状態で四股を踏もうとしても、ただのスクワットになり、これだと、主旨と真逆の(身体の動作を止める)筋力を増すトレーニングになってしまう。
四股座りを練習していって、椅子を引き抜いて大丈夫なところまで重心を前にする。
これはもう、日常でいついかなる動作でも重心前を意識しなければならない。
そして、今回しなかったけれど、骨盤おこし式のスロージョギングも動きの質をちょっと理解した気がするので、頻度をましてトレーニングしたい。
そして、本当の動機の本の背への箔押しの「だましだまし」な感じの改善。革の本の背のところにタイトルを押す動きは、この骨盤おこしの動きと非常にダイレクトにつながるものがある。とりあえず、基礎にもどって本型で水平線の練習、練習!
股割までは長い道のりかもしれないが、「快適に動ける身体」を求めて、少しでも前進していこう。
と、まじめに書いてますが、セミナーは本当に楽しいです。そして今回は妻も久々にいっしょに参加して、終了後飲みに。築地のおいしいお刺身、お魚食べました。えにし先生はちゃんと出て来るメニュー全部写真にとっていて、「コミュニケーションにいいでしょ、特に外国の方には」と。もう本当に全部学ぶことばかり。私も写真、と思いながらこれしか撮ってない。ああ。精進します。

鯛のかまの唐揚げ。これもおいしかったです。
2010年8月22日 本の場
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写真集
春から少しずつ打ち合わせをして、試作をしていたものの本番を綴じ始めました。
いろいろやったが、麻糸を綴じ緒にして、細い色みのあるグレーのポリエステルの糸で、本かがりにする、という結論に。
本文の紙が硬いので、普通に作ると壊れてしまうか、開けないという結果になる。
では、どうする、ということでこうなっています。
とじの技法は古典的。背の固めかたは、ちょっと違ったものになる。
依頼してくださる方との、試作でのやりとりの結果、ここに着いた。
よくも悪くも、こういう結論は、これ1回きりだろうな、と思う。
そして、それは、いいこと、と受け取っている。
これも、ねばりづよく試作につきあってくださる、依頼者のおかげ。感謝。
2010年8月 3日 本の場
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教室展のDM用の撮影
きのうはこのホームページも作ってもらっているTさんに作品30点以上を撮影してもらいました。こんどの教室展は参加者も30人越えで、どんな展示にできるのか楽しみです。
3年にいっぺん展示をして、すでに今度で4回目。
このごろって3年もたつと、すっかり時代が変わってるなぁと感じます。
2001年に1回目をした時は「こういうもの」が世界にあるとは知らなくて、製本方法のかなりの部分を自分で考えていた時代でした、私にとっては。
2004年の時は、keith Smithの本を知ったりしてアメリカではいろいろあるんだなと思い、そういうものも取り入れて作ってみました。それは2006年の「手で作る本」に活かしました。
3回目2007年はその出版後だったのでマニアさが少し薄れたかな。
今度はどんなでしょうか。9月14日(火)から19日(日)、世田谷美術館区民ギャラリーです。
2010年6月30日 本の場
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アールブリュットと
パリで、日本の
アールブリュットの展示をやっているのを、日曜美術館でやっていた。テレビの画面で見ても、すごそう。クオリティ高そうだ。
と思いながらもうちの教室の作品もなんだか
アールブリュット的なところがあるかも、と思い当たる。「この時間、この空間の中でだけは、私は何をしてもいい。楽しい!」とみんなが思っているからなんじゃないか。
印象に残ったのは、展示をしている美術館の館長が、「アールブリュット」はフランス(だったかヨーロッパ、と言っていたかも)で発見(「発明」のようなことばだったかな?見いだされたというニュアンスか?)されたものだが、もはやここ(ヨーロッパ)では、真正のアールブリュットを見いだすことは困難。」
と言っていたこと。人に見られることになると、もう、それは存在しなくなっていくのか。見られないはずのものが見られたからアートたりえたが、それが見られるという前提を得てしまうと、本質が変質してもはや元のものでなくなる。そんなことなのか。
アールブリュットの作家たちはそんなこととは関係なく描き続けていくものも多いのではないか、と思うが、意外にそうではないというのはなぜなんだろう。見られたら変わる。受け入れられたら消滅する。芸術を生む、テンションって不思議で面白い。(というかアールブリュットの場合、「それ」を「芸術だ」と他者が見なすという行為が問題なのかもしれない。本人が「それ」を「芸術だ」と言ったのはデュシャンだけど。)
「芸術」は不健全をバネにしたり、不遇をバネにしたり。
満たされて何も生まないのもまた、よいのでは、簡単には言えないけど。
ああ、本当に簡単には言えない。泉が枯れてもその状況を受け入れるしかない。
自然と同じで。だが、もがくよね。
さて、今年は3年に一度の教室展を9月14日から19日に世田谷美術館の区民ギャラリーでやります。(14日は搬入もあるので開始は少し遅くなると思います。)
来週DM用の写真を撮るので今作品をみんな持って来てるんですが、
あーっ。。。。ってなんとなく、感動。
DMが、そして展示が楽しみになってきた。
見られても変わらずみんな作品を造り続けて行きますよ。
というかみんな人に見せたいと思う。
絵などの展示より、見に来た人と自然としゃべるんだよね。本の展示って。
しゃべったり、拡げてあげたり。
見せにくい、展示しにくいものを並べているっていうことが逆にとてもいいことのよう。
2010年6月23日 本の場
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写真集
手で作ると、いろいろな対応が可能だ。それに悩まされる。それが面白いんだが。
市販の、両面に印刷できる紙だと、相当な厚さ(一番薄いもので157g/㎡、四六判で175キロ、厚さだいたい0.4ミリとか)である。
これを使って本を作るとすると、普通の造りだとうまくいかない。背を固めすぎれば開かないし、無理に開けると背が壊れる。背をやわらかくすればはじめから型くずれしたものになる。
というわけで普通とはかなり違った造りにする。
が、どれも一長一短が、当然ある。
普通のかがり機の針のピッチは決まっているようだ。型くずれせず、経済的でもあるピッチが選択されてるのだろう、と推測する。絵本などでよくある、1折り中とじのかがりのピッチはもっと細かい。これは、折りが一つしかないので内部まで糊が届くことがなく、真ん中の方の紙が動いてしまいやすいからだろう、と推測。
手でする時の縫い目の間隔、結構適当にやっている。しかし、上のような硬い紙になって糸も細くなってくると、折りの内側の紙がうごきやすいという結果に。
そこで1センチくらいの細かいピッチで綴じてみることに。しかも手とじの基本の綴じ緒のある本かがりで。ページのゆるみは防がれるが、どのくらい型くずれを防げるのかはわからない。まだ途中なので。
(これに対しては、グニャグニャでかまわないという態度もありだ。本ではなくノートのように書き込むものならば、よりそうだ。)
理想の本の形というものはあるのか。
自分はいつも出て来た状況の中で何かをすることしかできない。
あまりにも求める形がないのではないか、と自己嫌悪することも多い。
しかし、「ない」ものは「ない」。
どこかに「範」を求めようとしていないからか。
自由になるためには、自分が「でき」なければならない。
2010年6月 8日 本の場
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垂れ革表紙の製本
この間依頼された修理(というか、再製本)は、昭和のはじめの聖書だった。どんな形にしてもいいよ、ともかく、壊れてひどい状態なので、使えるように、ということだった。
実際に持って来ていただくと垂れ革表紙というタイプの本だった。手にとってちゃんと見るのはほとんどはじめて。書き込みもいっぱい、使い込まれているようす。特徴的な製本なので、わざわざ別の形にするのではなく、できるだけ、元のイメージで製本することにした。
垂れ革(または折れ革、とも言うらしい)表紙は、聖書によく使われている造りらしく、検索すると、現在でも作られていて売られている。
早速、銀座の教文館に見にいったが、普通のハードカバー(やわらかめ)のチリを大きくしたぐらいのもので、今度のようないかにもそれらしい形ではないので、あまり参考にはならなかった。
現物があるのでじっくり観察して再製本することにした。(古本屋もまわって調べるべきなのだろうがなかなかいつも実行してない。。。。)
この本は見返しも革になっていて、表と裏の革の継ぎ目が最初見た時はわからないくらい丁寧に革加工してあった。
結局、元の通りに直すというより、より丈夫になるように修正して直すことにした。変えた主なところは下の2点。
●綴じをささえる綿のテープを表紙の方に付ける芯紙の方に付ける(元の本は中身の方についていた)
●背をかためていた、にかわをやめて、紙工用のボンドにし(より柔軟になる)背貼りの枚数をふやして動きを抑える。
というような感じ。背の動きは、本文の薄さとか柔らかさとか全体の重量とかで随分かわってくるので、どのくらいが最適なのか、いつもなやむ。今回もとりあえず、普通に背固めをしたら、かなり柔らかく動きすぎなので背ばりをふやして、動きを少なくした。
修理前の状態。

例によって箔押しに苦労。レザーメイトさとうさんで入手のバッファロー(と呼ばれているが水牛らしい。そして大きさから言ってその子牛だろう)の革を使ってみた。かなり柔軟なので、フィルムの金箔で一発で押せるかと試したが、しぼをつぶすのが全く無理だった。幸い水の吸い込みのある革だったので、湿し押しでしっかりと跡をつけてから、フィクソールを塗り入手したばかりの三枚掛の金箔で押し。
2010年6月 7日 本の場
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